IWGPに向けて猪木は81年4月23日、蔵前国技館でNWFヘビー級王座を、坂口はWWF北米ヘビー級王座を、坂口、長州組は北米タッグ王座を返上。
同年6月4日には同所でタイガー・ジェット・シンがNWA北米ヘビー級と新日版アジア・ヘビー級王座を、シン、上田馬之助組は新日版アジア・タッグ王座(上田は返上の場にいなかった)を返上、封印しています。
シンの場合は結果的に新日本プロレスとの訣別の為の返上となりました。
既存のタイトルを返上、封印したことでIWGPが「世界統一王座である」ことをアピール。しかし、馬場に言わせればプロレス界のベルト統一など笑止千万な話で「ローカルベルトが1つ増えるだけ。」
「協力プロモーターのビンス・マクマホン・シニアがWWFヘビー級王座を、フランシスコ・フローレスがUWA世界ヘビー級王座を返上、封印したか?」と言えばそんなことは絶対にしません。
藤波のWWFインターナショナル・ヘビー級王座を新たに作ってしまってはIWGPの趣旨に反する、という声もありました。
プロモーターの数だけベルトが存在するプロレスの業界では実際には意味のない話だということです。
馬場の全日本プロレスには日本プロレスから受け継いだ「歴史と伝統」があり、長年ファンに親しまれて来た数々のベルトがありました。
馬場のPWFヘビー級王座、鶴田のUNヘビー級王座、ブルーザー・ブロディのインターナショナル・ヘビー級王座。
馬場、鶴田組のインターナショナル・タッグ王座、阿修羅・原、マイティ井上組のアジア・タッグ王座、新日本から奪った形となった大仁田のNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座。
さらには日本初開催となるケリー・フォン・エリックの保持しているミズーリ州ヘビー級王座。
これらのベルトをフルに駆使してタイトルマッチラッシュを行い、新日本のIWGPに対抗。
これだけでは終わることなく、シリーズ後半には前年暮れの世界最強タッグ決定リーグ戦で反則裁定により優勝を逸したスタン・ハンセン、ブロディ組のアピールにより実現したドリーとテリーのザ・ファンクス、馬場、鶴田組の3チームの2回総当たりリーグ戦による「世界最強タッグリマッチ」が実現します。
IWGP決勝リーグ戦の行われる5〜6月のPART�兇砲錬裡廝狙こΕ悒咫宍蕾�者のリック・フレアーを、7月のPART�靴砲�80年10月の来日で引退を発表したテリー・ファンクさよならツアーに加え、前半にAWA世界ヘビー級王者ニック・ボックウィンクルを招聘。
これでもかの豪華ラインナップで新日本のIWGPに負けじと勝負に出ました。
「(NWAに)挑戦出来ないのだったら、自分達で新しい権威を作ってしまえ」が猪木、新日本であり「力道山時代からも存在する数々の歴史の刻まれたベルトこそ王道」が馬場、全日本でした。
80年代の終盤、WWFとの興行戦争で外国人レスラーをブッキングしてこなくなった「1人NWA」と化したジム・クロケットを見限った馬場は自前のベルトであるPWF、UN、インターの3本を統一して三冠ヘビー級王座に。インターとPWF世界の両タッグのベルトをも統一して世界タッグ王座に改称。
全日本のリングこそ世界一であることをアピール、あれほど錦の御旗にしていたNWAとは縁切り。
90年代に入ると逆に新日本プロレスとWCWが業務提携。黄金のフレアーモデルのNWA世界ヘビー級王座が新日本のリングに登場。
91年3月21日には東京ドームでNWA世界王者リック・フレアーvs IWGP王者藤波の(藤波の勝利もベルト移動は無効)、93年1月4日、東京ドームではNWA世界王者の蝶野正洋とIWGP王者のグレート・ムタの新日本所属選手同士がダブルタイトル戦を行う(ムタの勝ち)などねじれ現象が発生しています。
第1回決勝リーグ戦から34年もの歳月が流れ、IWGPは世界的にも幅広く認知されるタイトルになりましたが、現在の新日本には、
IWGPヘビー、タッグ、ジュニア・ヘビー級、ジュニア・タッグの4大王座と合わせ、インターコンチネンタル王座、NEVER無差別級シングル、6人タッグ王座、提携しているROHやCMLLの認定するタイトルマッチを含めると、統一どころかベルトの数は増加する一方です。
現在の複数スター制(誰かが怪我などで長期欠場しても観客が減少しないようにリスクヘッジをする)で輪番制のマッチメークではベルトは減少することはないでしょう。
全日本はベルトがリニューアルされた三冠ヘビー級王座に世界タッグ、世界ジュニア、GAORATV王座などありますが、選手の駒不足から他団体とも交流して他団体の選手にもベルトを巻かせないとマッチメークがすぐに行き詰まってしまうことが度々起きています。
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