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2017年01月12日19:33

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ジャンボ鶴田怪物伝説(303)

83年2月25日の愛知県体育館大会は翌26日土曜日、通常の全日本プロレス中継(2月23日大阪・臨海スポーツセンター大会を放送)とは別に午後7時30分からの90分枠特番「土曜トップスペシャル」で放送されています。

日本テレビから出向してきた松根光雄社長の肝いりで単発番組ながら全日本プロレスがゴールデンタイムに帰って来ました。

当日は名古屋大会の鶴田vsトミー・リッチのUNヘビー級戦、カブキvsタイガー・ジェット・シン、大仁田vsドスカラスのNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級戦に加え、2月10日、ミズーリ州セントルイス・チェッカードームでのハーリー・レイスvs馬場のPWFヘビー級戦、リック・フレアーvsブルーザー・ブロディのNWA世界ヘビー級戦を放送。

豪華ラインナップでプロレス中継の老舗の底力を見せつけました。

この時期、ライバル団体の新日本プロレスがタイガーマスク、藤波vs長州の抗争などで旗揚げ以来最大のブームを迎えておりテレビ朝日のワールドプロレスリングは「太陽にほえろ!」(日本テレビ)、「3年B組金八先生」(TBS)を向こうに回して毎週視聴率20%超えを達成していた時期でした。

男子団体は全日本と新日本の2つしかなく、相乗効果でプロレス全体が上がっていた時期でもあり、全日本も見てみよう、と思っているファンも沢山いました。

これは馬場全日本には追い風となり、この年は9月、12月の年3回放送され84、85年も継続されて85年10月には実に6年半ぶりにゴールデンタイム(毎週土曜日午後7時)復活を遂げる訳です。

これはテレビマンらしい松根社長の「プロモーション戦略」。テレビが媒体として強い威力を誇っていた34年前に「いい時間帯で多くの視聴者の皆さん見てもらおう」

かつて全日本プロレス中継が泣く泣く撤退した毎週土曜日午後8時はお化け番組と言われた「8時だヨ!全員集合」(TBS)、視聴率男と言われた萩本欽一の「欽ちゃんのドンとやってみよう」(フジテレビ)に挟まれ、プロ野球シーズンは巨人戦中継がある日は深夜に追いやられるなど悪条件もあり、厳しい時間帯でした。

80年10月に東京12チャンネル(テレビ東京)が国際プロレスアワーを毎週月曜日から土曜日の午後8時に移行。

国際プロレスアワーも国際と新日本が提携し、上田、マサ齋藤、アンドレ・ザ・ジャイアントらが上がっていた79年あたりは視聴率もよく、この年の秋には東京12より800万円の特別予算をもらっています。

東京12の800万円というのは大変な金額であり、局側の期待も高かったのですが、吉原社長は田中元和ディレクターの「分けて大切に使いましょうよ」という声を無視して11月にバーン・ガニアを招聘して使いきってしまいました。

それでも視聴率は悪くはなく、国際は過去の全日本と同じ時間帯で勝負することになる訳ですが、全日本がダメで撤退した時間帯に国際が入ってもうまくいく訳もなく、半年でレギュラー放送を打ち切られ、団体崩壊に至りました。

83年当時は「8時だヨ!全員集合」は下り坂にあり、「オレたちひょうきん族」(フジテレビ)の全盛期でした。

到底レギュラー放送では勝てない、だけど、たまにやる特番だったらチャンネルを合わせてくれるかも知れない。

そこでいいものを見せれば、夕方5時30分からのレギュラー放送も見てくれるに違いない。

そういう発想でした。

私より一世代若い70年代前半生まれ前後のプロレスファンの皆さんとお話をさせて頂くと、

「タイガーマスクを見たくて新日本プロレスを見ていた、全日本もやってるのを知ったのでそこでスタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディとザ・ファンクスの試合を見て全日本も見るようになった」という方が結構な数いらっしゃいます。

また、この頃になるとアニメの「キン肉マン」(ゆでたまご)、少年サンデーに連載されていた「プロレススーパースター列伝」(梶原一騎原作、原田久仁信漫画)が子供達の間でもブームになっており、そこを入口として本物のプロレスを見るようになった、という人達もかかなりいました。
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