全日本プロレス83年新春ジャイアント・シリーズは恒例の1月2日、3日の後楽園ホール2連戦からスタート。
キラー・トーア・カマタ、ジプシー・ジョー、ヘラクレス・ヘルナンデス、ロッキー・ジョーンズ、スティーブ・ボラスの外国人選手がシリーズ全戦参加。
開幕戦から1月7日、高松市民文化センター大会までがミル・マスカラス、1月9日、津久見市営体育館から最終戦22日、後楽園ホールまでタイガー・ジェット・シンが特別参加しています。
この他、外国人サイドから上田馬之助、鶴見五郎、ドリーム・マシン、ウルトラセブンが参加。
カマタは前年82年7月のサマー・アクション・シリーズ以来5か月ぶりの来日。前回は7月9日、熊本市体育館で鶴田のUNヘビー級王座に挑戦してバックドロップでフォール負け、7月16日、富山市体育館でシンと組んで馬場、鶴田組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦し馬場にフォール負けと、反則決着で逃れられなくなってきていました。
ジョーは前年10月のジャイアント・シリーズ以来日か月ぶりの来日。
初来日ヘルナンデスはこの時26歳。81年にフロリダでデビュー、82年にはカンザス、ミズーリ地区に転戦し全日本への登場となりました。
後にWWFではハーキュリーズとして活躍、93年には新日本プロレスのレギュラーとなりスコット・ノートンとのジュラシック・パワーズで無敗だったホーク&パワーウォリアーのヘルレイザーズを破ってIWGPタッグ王座を獲得するなど日本でも成功を収めますがこの時が日本マット初登場。
Rジョーンズは81年5月の新日本プロレス第4回MSGシリーズに”ミーン"マイク・マスターズのリングネームで初来日。初代タイガーマスクの対戦相手を何度か勤めています。今回は大仁田厚の持つNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座に照準を絞っての全日本初登場となりました。
ベテランのボラスは7〜8年周期で日本に呼ばれる珍しい選手でした。初来日は遡ること15年前の68年11月の日本プロレス。
それから約7年後の75年2月、全日本のエキサイト・シリーズに呼ばれました。この時はネルソン・ロイヤルとのタッグでテレビマッチにも出場。
さらに8年後の今回に3度目の来日となりました。年齢不明な為何歳かはわかりませんが、この時既にかなりロートルになっていたのは事実であり、8年後に呼ばれることはなく、これが最後の来日となりました。
序盤戦特別参加のマスカラスもカマタと同じ82年サマー・アクション・シリーズ以来の来日で今回は単独での参戦でした。
後半戦特別参加のシンもカマタ、マスカラス同様サマー・アクション・シリーズ以来の来日となりました。82年後半の全日本マットは翌年(本年)に引退を控えるテリー・ファンクとドリー・ファンク・ジュニアのザ・ファンクスvsスタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ組の遺恨試合がメインとなり、マスカラス、シンはお呼びがかからなかったのが現状でした。
前年10月のジャイアント・シリーズ以来となったドリーム・マシンの正体はチャン・チュンのリングネームで活躍していた桜田一男(ケンドー・ナガサキ)であり、今回も正体不明の謎のマスクマンとして外国人側からの出場。
上田は前年暮れの世界最強タッグ決定リーグ戦に続いて2シリーズ連続出場となりました。前回はスーパー・デストロイヤー(スコット・アーウィン)と組んでのエントリーでしたが開幕戦で馬場、鶴田組と両チームリングアウトの無得点試合をやった以外は全敗に終わりました。
今回は正パートナーであるシンが一緒だけにより一層の暴れ方が注目されています。
開幕戦(テレビ収録)の2日後楽園ホールは、夜からは新日本プロレスが新春黄金シリーズの第2戦として使用。
この為、昼の全日本の興行の控室に新日本の坂口副社長、新間寿営業本部長が馬場を表敬訪問しています。
前年、引き抜き抗争が一段落し8月には東スポが主催者となっての第2回プロレス夢のオールスター戦が企画されましたが話し合いは頓挫、見送りになった経緯がありました。
この際、馬場は「今後は坂口を窓口にして欲しい」と注文を付けていましたが、馬場の答えを覚えていた新間は約束を守り、坂口を連れて全日本の控室へ姿を現しました。
内容は単なる新年の挨拶と表敬だったと思いますが年頭から「今年は何か起こる」を予感させる出来事でしたが…。
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