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2016年10月15日11:56

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猪木とビンス(375)

「キン肉マン」はゆでたまご作の漫画で79年より週刊少年ジャンプで連載開始され、83年からは日本テレビ系列でアニメ番組として放送されました。

ヒーローものに加えて作者が大のプロレス、格闘技ファンであったことからプロレスカラーも強い作品で登場キャラクターもプロレス色の強いものも多数おり、格闘シーンもプロレスをモチーフとして描かれていました。

70年代以降に生まれたプロレスファンの方々は、実際のプロレスを見るきっかけがキン肉マンだった方もかなりの割合を占めています。

私は少年ジャンプに連載開始された時は既に先に本物のプロレスをテレビ、会場で見ており直撃世代ではなく、キン肉マンに関しては正直ほとんど漫画もアニメも見ていません。

ですがキン肉マンが少年プロレスファンの新規動員に大きく貢献していたことは事実でした。

新日本プロレスとテレビ朝日では前年のタイガーマスクの引退により減少した少年ファンの新規獲得を目的としてゆでたまご、集英社側とキン肉マンの登場について水面下で交渉を続け、内諾を得ていましたが、アニメを放送していたのが全日本プロレスを放送している日本テレビであり、最終的には日本テレビ側が反対し実現には至らず。

新日本プロレスはタイガーマスクを成功させたノウハウを持っており、アニメのキャラクターでもしっかりした試合内容を見せればキワモノにならず観客やテレビ視聴者の支持を得られる自信を持っていただけに交渉決裂は残念な結果に終わりました。

キン肉マンに予定されていたのはデビュー6年の平田淳二(淳嗣、当時27歳)でした。平田は78年8月にデビュー。82年にメキシコ遠征に出発。翌83年にはカナダ・カルガリーに転戦し、頭をモヒカン刈りにしてネイティヴアメリカン・ギミックのサニー・ツー・リバーに変身。

メインイベンターにのし上がり、帰国前の84年7月11日にはカルガリー・サドルドームで行われたスチュ・ハートプロモーション年間最大のビッグショー「カルガリー・スタンビート」(ロデオの大会と同時に開催される)ではマスクド・スーパースターの持つIWA世界ヘビー級王座(かつて国際プロレスに存在したもの及びミル・マスカラスの個人所有となっている王座とは別)に挑戦し2-1で敗れはしましたが健闘し観客を沸かせています。

8月24日、後楽園ホールに謎のマスクマンとして2年ぶりに日本のリングに立った平田は目の部分だけ露出したスキー帽マスクを被っていましたが、その下にはボツになったキン肉マンのマスクを着用していたことは後日有名になるエピソードでした。

謎のマスクマンが登場した後のセミファイナルは長州とボブ・バックランドのシングルマッチ。髪の毛を短いクルーカットにし、アマレス風のショルダータイプのコスチュームでバックランドが登場。

革命戦士になる前に何回か対戦していますが全てバックランドの勝利に終わっていますが、この日は長州も一歩も退かず互角の攻防を見せました。

長州は再三サソリ固め狙いにいきましたがバックランドは強靭な足腰でこれを許さず。

長州がコーナーに上がったところをバックランドが捉え、肩の上に担ぎ上げてエアプレーン・スピン。そのまま両者同体で場外に転落、16分53秒、両者リングアウトの引き分けとなりました。

メインイベントは坂口、藤波組vsロジャー・スミス、デューク・マイヤース組。マイヤースのブレーンバスターを切り返した藤波が逆さ押さえ込みで勝利。

Rスミス、マイヤース組は随所にベテランらしいケレン味たっぷりのいいラフファイトを見せたものの、70年代ならこれで十分だったと思いますが、WWFのスーパースター達が大挙来日するようになっていたこの時期の新日本では二線級だったのは否めずでした。

その他の外国人勢はトニー・セントクレアーが小林邦昭にフェンスアウトの反則勝ち。スコット・フェリス、ジェリー・モロー組は谷津嘉章、寺西勇組と対戦しフェリスが寺西をカナディアン・バックブリーカーでギブアップさせています。
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