84年IWGP第22戦は6月4日岡山武道館(観衆2700人)。公式戦は藤波とマサ齋藤が対戦し(懸賞金100万円争奪)両者リングアウトの引き分け。藤波は28点、齋藤は15点。
ビッグ・ジョン・クインはビッグ・ジョン・スタッドに不戦勝で8点。この「ビッグ・ジョン対決」は見てみたかったです。
第23戦は関東に戻り6月5日大宮スケートセンター(観衆4500人超満員)。メインでは14年ぶりの一騎討ちとなった猪木とクインの対戦。
70年日本プロレスの第1回NWAタッグ・リーグ戦では3回シングルで対戦し猪木が2勝1両者リングアウトと言う成績が残っています。
猪木はクインを寄せ付けず2分33秒に卍固めでギブアップ勝ちで8戦フルマーク勝ちの40点、クインは8点。
長州は実力者ディック・マードックに反則勝ちを拾い23点、マードックは痛い敗戦で26点。3位以下グループは星の潰し合いとなりました。
アドリアン・アドニスはケン・パテラを首固めに丸め込んで25点。パテラは13点。
第24戦は6月6日横浜文化体育館(観衆4700人)。M齋藤とパテラのある意味この後に遺恨試合の様相を呈す一戦は齋藤が体固めで勝利し20点、パテラは13点。
アンドレ・ザ・ジャイアントはオットー・ワンツを体固めで39点で首位の猪木に1点差でピッタリとマークしました。
第25戦からは東北へ。6月7日仙台・宮城県スポーツセンター(観衆7800人超満員)。メインイベントは猪木と藤波の2年ぶりの師弟対決。(懸賞金100万円争奪)
前年83年の第1回は藤波はエントリーされておらず、82年3月19日、鹿児島県立体育館での第5回MSGシリーズ公式戦以来の対戦、この時はリングに上がって来る藤波に猪木がリング内から延髄斬りを見舞い猪木がエプロン・カウントアウト勝ちをしています。
試合は藤波が先に猪木の得意技である弓矢固めを仕掛けるなど序盤は快調ぬ攻めましたが、藤波は試合中に腰を痛めて途中から動きに精彩を欠いてしまいました。
猪木に痛めている腰を狙われ8分58秒、場外でうずくまってリングに戻れず猪木のリングアウト勝ちとなりました。猪木はこの試合で初めて失点1となり44点、藤波は28点。
長州はクインをサソリ固めで難なく撃破し28点。クインは8点。
第26戦は6月8日、青森県営体育館(テレビ生中継、観衆4000人超満員)
公式戦はアンドレがアドニスをヒッププッシュで押し潰して44点で猪木と同じ失点1で並びました。アドニスは25点。
これで6月11日愛知県体育館での猪木とアンドレの直接対決で決勝進出者が決まることが決定的となりました。
それ以降の公式戦はアンドレはマードック、猪木はワンツを残していましたが両者のコンディションから取りこぼしは考えにくく、名古屋決戦の勝者がハルク・ホーガンと決勝で対戦することはこの時点でほぼ確定。
パテラはマスクド・スーパースターにリングアウト勝ちを収め17点で公式戦を終了。スーパースターは13点。
この日からホーガンがUターン参戦、メインイベントでマードックと組んで猪木、藤波組と対戦し両チームリングアウトとなりました。
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