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2016年08月05日22:17

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猪木とビンス(336)

84年4月19日、蔵前国技館での新日本プロレスビッグ・ファイト・シリーズ第2弾最終戦で行われた正規軍vs維新軍5対5勝ち抜き戦は後半戦に突入しました。

第5試合は正規軍中堅木村健吾と維新軍中堅谷津嘉章の一戦。

初戦の藤波戦こそ僅か3分でエプロン・カウントアウト勝ちした谷津でしたが次の高田戦では高田の厳しい攻撃を凌いでの勝利。

さすがにスタミナには自信のある谷津も3試合目は疲れが出て来たか、木村健の雪崩式ブレーンバスター、稲妻レッグ・ラリアットの大技ラッシュの前に8分21秒、体固めでフォール負けしています。

しかしながら、当時の谷津は27歳と体力的にピークにあり、幻のモスクワ五輪日本代表としての底力を見せつけ、簡単にはフォール負けしないレスラーに成長していました。

第6試合、正規軍中堅木村健吾vs維新軍副将アニマル浜口。両者のシングル戦は新日本では何回も組まれていましたが、浜口にとって忘れ難しは、

国際プロレス時代の80年3月31日、後楽園ホールでのIWA世界タッグ選手権試合。マイティ井上とのコンビで同王座を保持していた浜口は新日本の木村健、永源遥組の挑戦を受け防衛戦を行いました。

井上、浜口組が王座を獲得した山本小鉄、星野勘太郎組のヤマハ・ブラザーズとは実力的にも劣るチームでした。

しかし、浜口は場外でまだジュニア・ヘビー級だった木村健のプランチャを食らい、床に観客が溢したビールの水溜まりに足を捕られて転倒。

脳震盪を起こして失神してしまいました。試合は続行されましたが浜口は動けず、暴走した木村健、永源組が反則負け。この試合内容で完全に新日本の風下に立たされた国際は対抗戦でも窮地に追い込まれました。

以来4年、国際は崩壊し新日本のリングに戦いの場を求めた浜口はラッシャー木村、寺西勇とのはぐれ国際軍団、長州、谷津達との維新軍で常にナンバー2としてメインイベンターとして活躍していました。

週刊プロレスに掲載されていた猪木と直木賞作家、村松友視との対談「テーブル・マッチ」で猪木は浜口の仕事振りを高く評価していました。

長州の前の砦として浜口は負けは許されず。木村健も得意の稲妻レッグラリアットを出しましたが、浜口はエアプレーン・スピンからのブロックバスター(サモアン・スープレックス)から6分29秒体固めで勝利を収めました。

これで正規軍と維新軍は3勝3敗のタイスコアとなっています。

第7試合、正規軍副将、藤原喜明と維新軍副将浜口の因縁の一騎討ち。

浜口の奇襲攻撃で藤原は早くも額から鮮血が流れ落ちましたが藤原は巧みに浜口を場外に誘いをかけます。

リング上では藤原が一本足頭突きの連発、浜口もドリルアホール・パイルドライバーと得意技を出して勝負に出ました。

試合は再び場外戦となり、藤原は浜口がリングに戻ろうとするタイミングで巧みに身体を寄せて浜口のリングカムバックを許さず。

カウントは進み、7分32秒、両者リングアウト。両者失格となりました。この瞬間、観客席からは大きな歓声が起こりました。

藤原は大将戦となる猪木と長州の試合を両者「無傷」で実現させるべく、浜口との場外心中を図りました。

勝ち抜き戦最終戦第8試合は猪木と長州の大将戦。長州が「噛ませ犬」発言をしてからは専らら藤波との対決が中心となっていた為、猪木とは革命戦士になって以降初のシングル戦でした。

試合は序盤から長州がスピードに任せて攻め込みました。カナディアン・バックブリーカー、バックドロップ、さらにとどめとばかりのリキラリアット。

長州の攻めを受け切った猪木は延髄斬りから必殺の卍固めでグイグイと締め上げました。

長州はギブアップの声は上げませんでしたが、ガッチリと決まった卍固めを自力で返すことは出来ず。

一度は外れましたが猪木はさらに2度目の卍固め。レフェリーのミスター高橋は長州にもはや自力で卍を返す力は残ってないと判断、13分44秒、レフェリーストップで猪木の勝利を告げました。

勝ち抜き戦は正規軍が4勝3敗1分で勝利。賞金をもらって大団円。一方、敗れた長州と維新軍は無言のままリングを降りています。

組み合わせの駆け引き、藤波、谷津の安定した試合ぶり、高田の頑張り、藤原の仕事振り等スペクタクルに富んだ完成度の高い興行でレフェリーストップとは言え、完全決着がついたことで観客も満足だったと思います。
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