84年3月22日、尼崎市記念公園体育館大会でのビッグ・ファイト・シリーズ第1弾最終戦(テレビ収録)は5200人(超満員)発表の観客を動員。
加熱する正規軍と維新軍の抗争でメインイベントに組まれたのは猪木、藤波、藤原喜明組vs長州、アニマル浜口、谷津嘉章組というカード。
維新軍が先に入場、続けて正規軍の入場で最後に入って来たのはもちろん猪木でしたが…。
猪木の入場を待ち構えていた維新軍がリング下に降りていきます。浜口が椅子を持って猪木に遅いかかろうとしました。猪木の注意力が前方にいっている時に背後からセコンドの寺西勇が猪木を羽交い絞め。
そこへ浜口がガウン姿のままの猪木の左肘を椅子で攻撃、ダウンする猪木、これを合図とばかり長州、谷津が猪木を一斉に攻撃。
藤波、藤原が慌てて猪木を救出に入りましたが時既に遅し。維新軍の集団リンチにあった猪木は若手に担がれて無念の退場。
超満員の観客からは張り裂けんばかりの大イノキコールが起きましたが結局猪木は負傷していた肘を更に痛めてしまい試合には出場出来ず。
猪木に代わってセミファイナルで木村健吾とタッグを組んでディック・マードック、アドリアン・アドニス組と対戦(アドニスがフライング・ニードロップで木村健を体固め)した坂口が2試合連続の出場。
坂口、藤波、藤原組vs長州、浜口、谷津組に対戦カードが変更になりました。
これまで維新軍との抗争には前面に出る機会が少なかった坂口は谷津をワンハンド式ネックハンギングで軽々と吊り上げてみせるなど小柄な選手の多い維新軍を体格差で圧倒しましたが、軽量の藤原が維新軍の連係に捕まり攻守逆転。
暴走した維新軍がまたしても藤原を集中攻撃し10分52秒、正規軍の反則勝ちとなっています。
また、この日高田伸彦はセミ前に登場、地元かつ兄のプロモートする興行で大張り切りの星野勘太郎とタッグを組み、小林邦昭、寺西組と対戦、星野と寺西が両者フェンスアウトで引き分けとなりました。
このメンバーに入って高田が負けなかったのは特筆すべき結果と言えました。
さて、3月25日(日本時間26日)ニューヨーク・MSGで行われたWWF定期戦に出場したのは佐山聡のザ・タイガーでも高田でもなく、新団体UWFのエースと目される前田日明でした。
前田と一緒にニューヨーク入りした新間寿WWF会長がリングに上がり、新調された見慣れぬ新しいチャンピオンベルトを披露。
ベルトのプレートの中央部分には「UWF」の3文字が地球をあしらったロゴマークの上に刻まれていましたがその上部には、
WWF INTERNATIONAL HEAVYWEIGHTとあり、UWFの文字の下にはCHAMPIONと記されていました。
このベルトは日本で造ったものと推測出来ますが新日本の藤波が持っているWWFインターナショナル・ヘビー級王座と同じ名称のタイトルを作ってしまいました。
リングアナウンサーのミーン・ジーン・オークランドに何やらコールされているベルトを持った新間の写真が当時の専門誌に掲載されています。
ただ、映像がない為、本当にWWFがこの王座をインターナショナル・ヘビー級王座として認定したかは不明です。
前田はピエール・ラファイエルと対戦、この試合はWWFインターナショナル・ヘビー級王座決定戦として行われ、10分25秒、前田がかつての猪木の得意技だったコブラツイストでラファイエルをギブアップさせ、新王者になっています。
同名のチャンピオンベルトが2つ出来てしまいましたが、これは新間の新日本に対する嫌がらせであり、ファンを困惑させるだけだったように思います。
バックステージで新王者となった前田はビンスと新間の祝福を受けていますが、ビンスからすれば新間に頼まれて戦うリングを提供し、前田の対戦相手にラファイエルというジョバーを用意してあげたに過ぎなかった、というレベルの話でした。
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