78年サマー・アクション・シリーズは前年12月の世界オープン・タッグ選手権でカリスマ的人気を得たテリー・ファンクが来日、馬場は7月8日、後楽園ホールでの開幕戦で当初来日メンバーに入っていなかったアブドーラ・ザ・ブッチャーを「乱入」させ強引にシリーズ参戦する、という展開を組みました。
テリーとブッチャーの抗争は7月15日、大宮スケートセンターと最終戦の7月28日、品川プリンスホテル・ゴールドホールの2回組まれ、テリーの左耳に五寸釘を打ち付けるブッチャーの残虐さが話題を呼びました。大宮ではノーコンテスト、品川ではブッチャーがリングアウト勝ち。
全日本のリングは外国人主導で回っていくようになります。
続くサマー・アクション・シリーズ2ではミル・マスカラスが初来日となる実弟のドスカラスと一緒に来日、マスカラス・ブラザーズ登場となりました。
マスカラス・ブラザーズは8月24日、田園コロシアムで馬場、鶴田組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦。
やはり目についたのがドスカラスの小ささで、馬場は日本プロレス時代から、兄のマスカラスとも「体格差があり過ぎるから、いい試合にならない」とシングルマッチは拒絶していましたが、ドスカラスはさらに小さく感じられました。
1本目はマスカラスが鶴田を逆風車固め(今で言うとNEOマシンガンズがやっていた恥ずかし固めと同じ技)。2本目は鶴田がマスカラスを力技のカナディアン・バックブリーカーでギブアップを奪い1-1。
3本目は馬場がドスカラスをサイド・スープレックスから体固めに決めて馬場、鶴田組が防衛していますがこの時のサイド・スープレックスが軽く「ポーン」と投げ捨てるような感じで非常に呆気ないフィニッシュで試合は盛り上がりに欠けました。
アンドレ・ザ・ジャイアントはヤマハ・ブラザーズと対戦する時はコミカルな場面を多分に作って観客を沸かせる試合をしますが、馬場は日本では道化は出来ず、軽量のメキシカンとは合わなかったです。
9月13日、愛知県体育館では鶴田はキム・ドクの挑戦を受け、UNヘビー級王座防衛戦を行っています。
試合は1本目ドクがキウイロール(回転式の足固め、ニュージーランド出身のアベ・ヤコブが元祖)で先取。2本目は鶴田が久々解禁となるジャーマンで返し、3本目は60分時間切れ。延長5分も時間切れとなり65分戦って決着つかず。
個人的には鶴田のフルタイム戦に年間ベストバウトを与えるなら帯広のレイス戦より、こちらの方がいいんじゃないか、という気持ちがありますが、そうするとドクにも受賞の権利が出てしまい、馬場にとっては外様のドクの受賞は不本意だったのでしょう。
この日はマスカラスとエル・ハルコンのマスカラ・コントラ・マスカラ(敗者覆面剥ぎマッチ、ALLLヘビー級選手権試合)が行われています。
8月31日、大阪府立体育会館の初戦では1-1からマスカラスのマスクに手をかけたハルコンが反則負けを取られていますが、
雑誌ゴング主導で進められたマスカラスファンクラブ「エル・アミーゴ」(ドクトル・ルチャの清水勉が会長だった)の連中による鐘と太鼓の鳴り物を使ったマスカラスに対する過剰な応援に会場にいた観客が拒絶反応を示し、初来日だったハルコンに声援が集まるという事象が起きました。
試合内容自体はエキサイティングで、この日の名古屋大会も面白い試合が期待出来るかと思いましたが、僅か4分38秒、マスカラスが弓矢式背骨折りで勝利しハルコンのマスクを剥ぎ、正体がクエルボ・オルチスであることを明かしました。内容は呆気なかったです。
実際はこの2人、前年7月29日にアレナメヒコでマスカラ戦で対戦してマスカラスが勝っておりハルコンはメキシコでは素顔で試合をしていました。言ってみれば、なんちゃってマスカラ戦です。
10月9日、久留米市福岡県立体育館でビル・ロビンソンがキラー・トーア・カマタの挑戦を受けてPWFヘビー級王座防衛戦を行い、反則含みながら2-1で防衛。
初防衛戦と思いきや、ロビンソンは来日してからの東スポのインタビュー記事で「ヨーロッパで防衛戦をやって来た。初防衛戦はレックス・ストロング、2回目はホースト・ホフマン、3回目は名前は忘れたが2メートル、200kgぐらいある奴だった。日本に来る直前にはトニー・セントクレアーを相手に防衛した」と語っており、カマタ戦は自称、5度目の防衛戦。
3回目の防衛戦の相手は話を聞くとジャイアント・ヘイスタックかと想像しますが国際プロレス時代、70年5月に初代IWA世界ヘビー級王者として1年ぶりに来日した時に「ヨーロッパで23回王座を防衛してきた」とコメントしていたのと同じ話の類いかと思います。
ロビンソンは10月18日、宇都宮・栃木県体育館でブッチャーと防衛戦を行い、1本目ブッチャーの巨体を鮮やかなワンハンド・バックブリーカーに決めてフォール勝ちしたものの膝を痛め2本目はブッチャーに膝を痛めつけられて動けずカウントアウトを取られ、3本目はレフェリーストップ負けし、ベルトはブッチャーへ移動。
これでようやく初代王者馬場が重い腰を上げて11月7日、東大阪市中央体育館でブッチャーのPWFヘビー級王座に挑戦、1-1から両者リングアウトで逃げ切られ、馬場はシングル無冠で年越しとなりました。
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