全日本プロレスに参戦したスタン・ハンセンと馬場、鶴田の「復帰後初対戦」はシリーズ第13戦の82年1月17日、深谷市民体育館で実現しています。
馬場、鶴田とハンセンは初来日時の75年9月ジャイアント・シリーズで何回も対戦していますが、これはハンセンの当時の格からいっても参考にはなりません。
この大会はノーテレビでしたが、日曜日とあって会場には3000人発表(満員)の観衆が集まりました。
馬場、鶴田に石川隆士を加えたトリオvsハンセン、ニコリ・ボルコフ、ケリー・キニスキー組というカード。
1本目はボルコフが鶴田を片エビ固め、2本目は鶴田がボルコフを片エビ固め。
決勝の3本目、ハンセンのウェスタン・ラリアットが馬場に初めて炸裂。
馬場はハンセンのラリアットのタイミングを呼んでいたか、ロープに振られた時にワンテンポ、タイミングをずらして返って来て、ハンセンのラリアットはヒットしたものの馬場は倒れながら場外にエスケープ。
ハンセンは石川にラリアットを決めてフォール勝ちを収めています。ノーテレビながらこの試合は1月19日付(18日発行)の東京スポーツで詳しく報じられました。
1月20日、鹿児島県立体育館でのテレビ収録のメインイベントは馬場と上田馬之助のシングル初対決。
共に60年日本プロレス入門の両者でしたが、プロ野球読売巨人軍の投手だったキャリア組の馬場と大相撲間垣部屋の力士ながら幕下までしかいかなかった上田とでは格差があり若手時代に対戦経験はありませんでした。
試合は上田がチョーク、場外でマイクのコードを使っての首絞めと得意の反則で馬場を苦しめましたがリングに戻るや馬場も16文キック、河津落としで反撃しフォールの体制へ。
しかし上田のセコンドにいた鶴見五郎が竹刀を持って乱入し馬場を攻撃。12分39秒、馬場の反則勝ちとなっています。
セミファイナルは鶴田がミル・マスカラスとのタッグでハンセン、ジプシー・ジョー組と対戦、マスカラスが鮮やかなダイビング・ボディアタックをジョー決めてフォール勝ち。
1月22日長崎国際体育館からマットの魔術師パット・オコーナーが特別参加。初戦はロッキー羽田と対戦し逆さ押さえ込みで勝利を飾っています。
1月29日、松山・愛媛県民会館(テレビ収録)からAWA世界ヘビー級王者ニック・ボックウィンクルが特別参加。
この日ニックはオコーナーとのレジェンドタッグを結成し馬場、鶴田組とタッグで対戦。(60分1本勝負)
16分48秒、鶴田がオコーナーを逆さ押さえ込みでフォールしニックとの前哨戦を制しました。
ニック、オコーナー組などという魅力的なタッグチームは新日本プロレスでは絶対見ることが出来ない品格を感じさせるチームでした。
セミファイナルではハンセン、Kキニスキー組がグレート小鹿、大熊元司組と対戦、ハンセン1人で曲者極道コンビを相手にほとんどハンディキャップマッチのような試合を見せつけ、ハンセンが大熊をラリアットでフォール。
全日本では打たれ強さには定評のあった大熊も天龍、阿修羅・原、石川隆士の次位にラリアットの餌食になる回数は多かったと思います。
セミ前にはマスカラス、ドスカラスのマスカラス・ブラザーズvs上田、鶴見組という異色対決が実現し上田、鶴見組の反則負けになっています。
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