ブルーザー・ブロディ、ジミー・スヌーカ組のセコンドとして全日本プロレスのリングに乗り込んで来たスタン・ハンセンはリング下のコーナーポスト近くに陣取りました。
レフェリーのジョー樋口がハンセンに何やら注意するとハンセンは手を広げて「俺は何もしない」というポーズを見せました。
館内は騒然となり、ハンセン・コールをしているファンもいました。
異変が起きたのは試合開始15分過ぎ、場外乱闘となりブロディはテリー・ファンクの身体をハンセンめがけてロープワークの要領で振りました。
ハンセンは左腕にサポーターを巻き付け、飛んできたテリーにウェスタン・ラリアット一閃!(実際テリーは両腕でガードしていた)
テリーはリング下の紙テープが敷き詰められている場所でダウン。
試合に介入したことでハンセンの全日本移籍は誰が見ても決定的なものとなり、観客席で私は大変大きなショックを受けました。
テリーが戦闘不能状態となった為、リング上では残されたドリー・ファンク・ジュニアが孤立。
ブロディ、スヌーカの2人がかりの集中攻撃を受けました。
スヌーカのスーパーフライ(ダイビング・ボディプレス)、ブロディのコーナーポスト最上段からのブレーンチョップ、とどめはキングコング・ニードロップ。
グレートテキサン、ドリーもついに力尽き21分41秒、フォール負け。
ブロディ、スヌーカ組が12点で初参加、初優勝を遂げました。ファンクスは11点。
ここでハンセンがリングに上がり、ブロディ、スヌーカ組を祝福、3人で優勝を喜びました。
優勝を逃した馬場と鶴田がリングに入り、ハンセンに襲いかかり乱闘。
馬場はハンセンの額めがけて脳天チョップを連打、ハンセンは額が切れて流血。
(この時ハンセンは剃刀のようなもので咄嗟に自分で額を切って血を出していたのはテレビではっきりと確認出来ます。)
ハンセンは何やらわめき散らすと控室へ逃走しました。
ここから先、バックステージでの出来事は会場ではわかりませんでしたので、12月19日、土曜日の17時30分から(関東地区)放送された全日本プロレス中継で放送されましたのでそれを元に再録しました。
額を血に染めたハンセンは国技館の支度部屋の通路を叫び声をあげながら通り、テレビカメラに向かって打倒馬場をアピール。
続けて映像は反対側支度部屋で怒りの馬場をとらえました。
「ふざけんじゃないってんだよ!人のウチに土足で入り込んでおいて!ええ!?そうでしょう?
来るなら堂々と来てもらいたいもんだ!
彼(ハンセン)に言っておいてよ、ここ(全日本)のリングで待ってるって!
じゃあ、表彰式行って来るから」
年月を経て、冷静に見ると突っ込みどころ満載ですが、当時は鬼気迫る馬場の姿を本当に恐ろしいと思いました。
5月のアブドーラ・ザ・ブッチャーの新日本プロレス移籍に端を発したこの年の全日本プロレスとの引き抜き抗争は、最後の最後に来て、劣勢だった全日本が新日本の強さの象徴だったハンセンを獲得して、逆転満塁サヨナラホームランを打たれた形で新日本プロレスが完敗しました。
表彰式は優勝したブロディ、スヌーカ組は姿を現さず、大会史上初めてのバッドエンドに終わっています。
38年に及んだレスラー生活の中で馬場がこれだけ大がかりなアングルに自ら関わったのは後にも先にもこれ一度きりでした。
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