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2025年06月08日09:08

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【特別編】前田日明のYouTubeにおける問題提起について(56)

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さくらえみ(元川恵美)は76年10月4日千葉県君津市生まれ。プロレス入りするまでの経緯は不明な点が多いですが94年5月に旗揚げしたIWAジャパンに入門、95年8月17日富山県高岡市テクノドームでの市来喜代子戦でデビュー。

旗揚げ当初のIWAジャパンの女子部は市来と元川、それにTAJIRI夫人となった新谷朋江位しかおらず、新谷はすぐに引退してしまっており女子プロレスの試合は市来vs元川の試合しか組めず、私も後楽園ホールなどでIWAジャパンの興行を観戦しに行くといつもこのカードであり、内容は市来が一方的に元川をいじめ抜いて勝つ、みたいな展開ばかりで試合中に泣いてばかりで技術も気力もない元川は早晩辞めるだろうと思っていました。

しかし先輩、市来の方が96年にIWAジャパンを退団、長与千種率いるガイアジャパンに入団した為、元川が一番古株になり、後輩の門田(もんでん)幸子、西堀幸恵と対戦、独特のファイトスタイルがニッチなファン層に受け「カルトヒロイン」と呼ばれます。

97年8月13日北沢タウンホールにてルナ・バションをラ・マヒストラルで丸め込み、AWF世界女子王座を獲得、98年6月には前年の約束手形不渡りで経営危機が表に出て選手が大量離脱した全日本女子プロレスの「ジャパングランプリ」に出場しています。その中で同世代と言える中西百重、高橋奈苗(奈七永)らと連日対戦することでみるみるうちにプロレスが上達し、身体にも厚みが出てきて、この時点で市来を追い越していたと思います。

99年3月に代表の浅野起州と衝突しIWAジャパンを退団、FMWに移籍、女子部で活躍するも02年2月FMWが倒産しフリーとなりました。

フリーとなった後はプロレス活動と併せて女子プロレス教室や子供向け体操教室「アクション体操」を開始。我闘姑娘(ガトークーニャン)を設立。入場テーマとして自身が歌う「さくらえびちゅ」という曲を作成、この歌に合わせて踊るメンバーを体操教室の生徒の中から選抜し「さくらえびきっず」を結成。

03年リングネームを、我闘姑娘で使用していたさくらえみにそろえ改名。リングネームの由来は、頚椎ヘルニアで入院中に差し入れられたサクラエビの佃煮に感動したことに由来したそうです。

さくらは「見て楽しい、やっても楽しい女子プロレス」をキャッチフレーズに女子のキッズレスリング教室を主宰、マット運動をベースとした指導を行い、このグループの中からりほ(里歩、現AEWのRIHO)、聖菜らが育ち選手としてデビュー。(りほはアイスリボンになってからのデビュー)

04年10月31日新木場1st RINGにて我闘姑娘のプロレス団体としての旗揚げ戦を開催しました。勿論、キッズだけではプロレス興行にならないので、既存の他団体の女子プロレスラー、通常の応募で入門してきてデビューさせた女子プロレスラーを入れて興行を開催しています。

メインイベントはさくら&桜花由美(Jd)組とアジャコング&我闘姑娘旗揚げメンバーの中学生レスラー市井舞組のタッグマッチで、市井のハイキックからの片エビ固めでさくらがフォール負けを喫しています。

さくらの我闘姑娘は女子プロレスの入門基準の選択肢を大幅に増やしたまさに革命でしたが、同時に既存の女子プロレスラーが小中学生のキッズレスラーを相手に手加減しながらプロレスをしなくてはならないというパラドックスを生み出しました。

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