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2025年04月14日07:15

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【特別編】前田日明のYouTubeにおける問題提起について(1)

先般、前田日明がYouTubeの自身のチャンネルにおいて3月20日DDT後楽園ホールで行われたクリス・ブルックスvs高梨将弘のKO−D無差別級選手権試合において高梨がフィニッシュの後、動かなくなってしまい救急搬送され入院、高梨は検査の結果「頸椎(けいつい)C5、6椎体骨折」および「頚髄損傷」だと判明。3月21日に手術は成功し、術後の経過も順調に推移しているといいます。

この件について前田は「今のレスラーは受身の練習をしていない」「ジジイババアがやっている」「金を取って見せているプロレスごっこ」と独自の辛口で現在のプロレス界を切り捨てて見せ、これに佐藤光留や鷹木信悟など現役組が反論、それとリンクしてXでは前田擁護派と否定派に分かれて炎上しており昭和派vs令和派のバトルが現在も展開中です。

高梨が今後人間として普通の生活が送れるのか、プロレスラーとして復帰出来るかが最も重要ですが、再発防止の観点から今回は、「危険技とリング禍」について短期集中連載にて書いてみたいと思います。

動画を観ていて特に危険だなぁと思ったのは3箇所ありました。�.屮襯奪�スのエプロンでのドリルアホール・パイルドライバー、これは通常、しかしその後場外に落ちたブルックスがエプロンへ叩きつけるパワーボム、リング上と違い段差がありロープとの距離が狭いエプロンでの技は危険です。

これで高梨は首の真下をエプロンの角に強打した上に首を曲げて受身を取っています。頭はきちんと防御していますが、おそらく「首が詰まった」状態になったのでは?

ブルックスはさらにリング下で高梨をブレーンバスターで観客席に向かって投げ捨てました。

�▲┘廛蹈鵑離屮襯奪�スに高梨が断崖式タカタニック狙い、これをブルックスは高梨の両足を押さえてキャッチすると、リング下のテーブルに頭から落とすテーブルクラッシュ。

��コーナーポスト最上段からのヘッドバットから雪崩式タカタニックを狙った高梨でしたが、ブルックスはヘッドバットを返すと雪崩式プレイングマンティスボム、さらに通常のブレインマンティスボムから体固め、21分57秒、レフェリーの松井幸則は3カウントを入れてブルックスが3度目の防衛に成功しました。

映像で見る限りは「いつ事故が起きてもおかしくない」試合であり起こるべくして起きた事故。受身の技術云々よりも危険な落とし方を故意にやっており、これでは高梨は負傷してもやむを得ないです。

安全が売りであった日本のプロレス界で「リング禍」が初めて起きたのは97年8月15日JWP広島アステールプラザでの尾崎魔弓&天野理恵子(カルロス)組vsプラム麻里子&コマンド・ボリショイ組戦で、ライガーボムでフォール負けしたプラムが試合後意識不明となり、救急搬送され翌8月16日に脳挫傷、および急性硬膜下血腫による急性脳腫張の為に29歳の若さで亡くなった時でした。JWPの前身であるジャパン女子プロレスでデビューしていたベテランのプラムだけに大きな衝撃を与えました。

プラムは頭部の不調を訴えていたと事故の後に報道されました。

以後、99年3月31日アルシオン博多スターレーンでの吉田万里子vs門恵美子戦で序盤腕ひしぎを取りにいった門を吉田がそのまま持ち上げて、落すと門が倒れて受身に失敗、後頭部をマットに打ち付けて昏倒、そのまま意識を失い4月9日に急性硬膜下出血と脳挫傷の為、23歳で死亡。門は同年2月18日後楽園ホールでの旗揚げ1周年記念興行でアジャコングを相手にデビューしたばかりで咄嗟の受身が出来なかったことが事故の原因と思われます。

00年4月14日新日本プロレス宮城県気仙沼市総合体育館ではヤングライオン杯公式戦で柴田勝頼と対戦した福田雅一が柴田のフライング・エルボーを食らってそのまま倒れ、一度は柴田のフォールをカウント2で返した(おそらく自力ではなく、ここで勝敗が決まる予定ではなかったのでレフェリーが止めたのでは?)が痙攣を起こし始めた為、試合を止めてレフェリーストップで柴田の勝ちになりましたが、救急搬送された福田は気仙沼市内の病院で緊急開頭手術を行ったものの4月19日に急性硬膜下出血で死亡。

写真を見る限り柴田のフライング・エルボーは目測を誤って飛びすぎてしまった感じで福田の顎や側頭部ではなく脳天に当たってしまったように見えます。

福田は前99年10月17日神戸ワールド記念ホール大会の試合後脳出血と診断され欠場、この年の2月に復帰したものの3月5日後楽園ホール大会の試合後にまた同じ症状が出て再び欠場となり再復帰戦でしたが、業界最大手の新日本プロレスだけにドクターチェックを受けさせてOKが出た上での再復帰だっただけに悔やまれました。享年27歳。

インディー団体の「レッスル夢ファクトリー」出身で188cmの長身を誇っていた福田でしたが新日本プロレスのヤングライオン達は当たりがきつく、脳にダメージが蓄積されていった結果でしょう。

死亡事故ではありませんが01年10月22日FMW後楽園ホールでマンモス佐々木と対戦したハヤブサが試合中、ブファドーラ(ロープを使ってのムーンサルト・アタック)に失敗、頚椎損傷で車椅子生活を余儀なくされました。

そして、09年6月13日ノア広島県立総合体育館グリーンアリーナでの三沢光晴&潮崎豪組が齋藤彰俊&バイソン・スミス組のGHCタッグ王座に挑戦した一戦で彰俊のバックドロップを食らった三沢が立てなくなり心肺停止に。搬送先の広島市内の病院で46歳で死亡したのはあまりに有名なリングアクシデントです。

この一連のリング禍はいづれも90年代後半から起きています。ブルックスvs高梨戦とは一見、無関係なように見えますがそうではなく、昭和と平成中期以降とでは異なるプロレス事情が重なり合って来て起きてしまったものであると言えます。次回はそのあたりを検証していきたいと思います。

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