日本テレビ「全日本プロレス中継」ゴールデンタイム移行記念85年全日本プロレス「ワールド・チャンピオン・カーニバル」は10月4日後楽園ホールで開幕。
春の祭典として馴染み深い名称であったチャンピオン・カーニバルに「ワールド」を冠し秋に開催、世界の強豪を多数招聘してみせました。
シリーズ全戦参加がテリー・ゴディ、アート・クルーズの2選手、後は全部特別参加となり、日程も細分化されており単に前後半と括り辛い部分もあります。
NWA世界ヘビー級王者、リック・フレアー(10月19日〜23日)、AWA世界ヘビー級王者、リック・マーテル(10月19日〜23日)、ドリー・ファンク・ジュニア(10月4日〜25日)&テリー・ファンク(10月19日〜25日)のザ・ファンクス、アニマル&ホークのザ・ロード・ウォリアーズとマネージャーのポール・エラリング(10月19日〜31日)、ミル・マスカラス(10月4日〜25日)、ビル・ロビンソン(10月4日〜24日)、チャボ・ゲレロ(10月11日〜31日)と新旧の全日本プロレスを支えてきたスーパースター達が集結しています。
10月19日には、後楽園ホールでゴールデンタイム移行第1弾のテレビ生中継が行われ、全日本プロレスの旗揚げ記念日となる10月21日には両国国技館で、馬場が8月28日、赤坂プリンスホテルでの記者会見で発表した世界プロレス史上初のNWA世界ヘビー級王者フレアーvsAWA世界ヘビー級王者マーテルのダブル・タイトルマッチが実現することとなりました。
開幕戦、10月4日の後楽園ホール(テレビ収録、観衆2,800人満員発表)大会。この日はジャパンプロレスへの売り興行、私はこの興行は観に行きました。
井上は馬場&石川敬士とトリオを結成、ラッシャー木村&鶴見五郎&剛竜馬組の国際血盟軍と対戦、10分9秒、石川がサソリ固めで剛をギブアップさせています。馬場はこのシリーズ以降はメイン、セミに出ながら真ん中あたりの試合順が「定位置」となっていきました。
メインイベントは鶴田&天龍源一郎組とテリー・ゴディ&ビル・ロビンソン組が激突。インターナショナル・タッグ王座のベルトが賭けられてもおかしくない試合でしたが、ノンタイトルの60分1本勝負として行われました。
プロレスラーとしての実績、キャリア、格から言っても外国人側はロビンソンの方が上、しかし、若さと勢いではゴディが上回ります。年功序列を重んじる全日本プロレスですが、この時は「ロビンソン&ゴディ」ではなく、「ゴディ&ロビンソン」組とし、ゴディを格上とする扱いにしました。コールもゴディが後でしたが、入場テーマ曲にはロビンソンの「ブルー・アイド・ソウル」を使用しています。
試合は場外戦でゴディが天龍にブレーンバスター、さらにイスを持って天龍の頭部を殴打、静止に入ったレフェリーをもイスで殴り付け、19分13秒、ゴディの反則負けとなり、鶴田&天龍組が手痛い勝ち星を拾いました。
セミファイナルは長州力と阿修羅・原のシングルマッチによる初対決が実現。原は失踪後、4月3日山形県体育館での石川敬士vs長州のシングルマッチに私服姿で乱入して、長州を吐いていたブーツを脱いで殴打。4月24日、横浜文化体育館では復帰戦として天龍とのタッグで長州&アニマル浜口組との対戦が組まれたものの、試合開始前にパートナーの天龍に暴行を加えて退場してしまいました。
長州に加えて、天龍をもターゲットにしていく旨をアピールした原は6月28日後楽園ホールで先ず天龍とシングルで対戦したもののノーコンテストとなりました。
全日本、ジャパンの中堅クラスを相手に秒殺勝利をあげてきた原でしたが長州とはこれが正式に試合で絡むのは初。
長州はそこはお構いなしに原に試合開始から一方的に攻めまくり、リキラリアットからフォールの体勢へ。しかし、そこに入って来たのは国際血盟軍の首領、R木村。フォールに入った長州にストンピングを入れて原を救出、原と一緒に長州を攻撃し、3分34秒、原の反則負けとなっています。
R木村は国際血盟軍の戦力増強の為にかつての国際プロレスの後輩、原に救いの手を差し伸べたか…先シリーズまで、中堅どころとのシングルマッチばかりで行き詰まりを見せていた感のあった原はR木村からのオファーにどのように応えて見せるのか…。
セミ前にはミル・マスカラスが登場、初来日のアート・クルーズと組んでジャパンの小林邦昭&仲野信市組と対戦、9分7秒、マスカラスがダイビング・ボディアタックからの片エビ固めで仲野をフォールし、来日第1戦を飾りました。
ドリー・ファンク・ジュニア&タイガーマスク組と寺西勇&保永昇男組は、ドリーが保永をコーナーの近くにボディスラムで投げつけるとタイガーマスクにタッチ。コーナーポスト最上段に昇ったタイガーマスクをドリーが持ち上げると、ダウンしている保永にタイガーマスクの身体を乗せる合体攻撃。
保永の上に乗ったタイガーマスクがそのままフォールの体勢に入り3カウント。9分56秒、タイガーマスクが保永を体固めに決めてドリー&タイガーマスク組の勝利。
8月23日後楽園ホールの試合で右足首脛骨踝(くるぶし)部骨折の重傷を負い欠場していた渕正伸が復帰、この日から「渕正信」にリングネームを改めています。(本名は淵正信)渕は川田利明と組んで新倉史裕&笹崎伸司組と対戦、10分30秒、渕がバックドロップからの体固めで笹崎を降して、復帰戦を白星で飾っています。
85年「ワールド・チャンピオン・カーニバル」第4戦、10月7日愛知県江南市民体育会館(観衆2,400人発表)大会。
井上はマスカラスとシングルマッチ30分1本勝負を行い、7分37秒、ダイビング・ボディアタックからの片エビ固めでマスカラスにフォール負け。両者はこれより4年前、81年10月9日、蔵前国技館でマスカラスの保持するIWA世界ヘビー級王座に全日本プロレスに入団したばかりのM井上が挑戦した試合が思い起こされます。(9分19秒、ダイビング・ボディアタックからの片エビ固めでマスカラスの勝利、王座防衛)
メインイベントは馬場&ドリー&タイガーマスク組とゴディ&ロビンソン&クルーズ組。二代目虎戦士が日米の師匠とトリオを組んでヘビー級外国人チームと激突、12分57秒、ドリーがクルーズをテキサス・クローバーホールドでギブアップさせて馬場&ドリー&タイガーマスク組の勝利に終わっていま
セミファイナルは鶴田&天龍&石川組と長州&谷津&浜口組が対戦した6人タッグマッチ45分1本勝負。
事件はここで起きましたしました。鶴田が浜口にジャンピング・ニーパットからブレーンバスター。鶴田のブレーンバスターが急角度だったのと浜口の受身のタイミングにズレが生じ、浜口はダウン。失神して起き上がれず、危険と看做したレフェリーが試合を止めて12分53秒、鶴田が浜口にKO勝ち。
浜口は脳震盪を起こし担がれて退場、頚椎を損傷してしまいました。1週間後の10月14日、熊本市体育館で寺西勇と組んで、全日本プロレス選抜チーム、石川&渕正信組の挑戦を受け、アジア・タッグ王座の初防衛戦を行う予定でしたが出場は絶望的となりました。
ちなみに浜口の試合での失神は80年3月31日、国際プロレスの後楽園ホールで井上とのタッグで新日本プロレスの木村健吾&永源遙組の挑戦を受けてIWA世界タッグ王座の防衛戦を行った時、場外で木村健のプランチャを食らって後頭部をフロアに打ち付けて以来5年半ぶりのアクシデントでした。
キラー・カーン&栗栖正伸組とラッシャー木村&阿修羅・原の一戦。9分29秒、原がヒットマン・ラリアットからの体固めで栗栖をフォールしR木村&原組の勝利。国際血盟軍にとっては頼もしい原の加入でした。
第5戦、10月8日徳島市立体育館(テレビ収録、観衆2,600人発表)大会。この日の大会は10月12日、土曜日午後5時30分から録画中継(関東地区等)されており、最後の「土曜午後5時半」となりました。
井上はタイガーマスク&石川敬士とのトリオでジャパンプロレスの小林邦&栗栖正伸&仲野組は15分33秒、タイガーマスクが久しぶりのフィニッシュと言えるウルトラタイガー・ドロップ(コーナーポスト最上段からリング内の相手めがけて1回転するトペ・コンヒーロ)から仲野を体固めに決めて全日本軍の勝利。
いよいよ翌週の10月19日より放送時間帯を午後7時に移しての生中継が可能になります。
メインイベントはジャパン最強タッグの長州&谷津組とパワーアップした国際血盟軍、R木村&原組の対戦です。
試合は長州がリング中央で原にサソリ固め、ガッチリと決まりましたがR木村が長州にヘッドバットを見舞ってカット。怒った長州はサソリ固めをほどいてR木村と張り手の応酬となり場外戦へ。原と谷津も加わっての乱闘となり、11分27秒、試合権利のある長州と原が両者リングアウトのドローとなり決着はつかず。
なお、前日の江南大会で鶴田のブレーンバスターを食らい、頚椎を負傷したアニマル浜口はこの日から欠場となっています。
セミファイナルは鶴田&天龍組とマスカラス&クルーズ組の一戦。14分37秒、天龍が若いクルーズを延髄斬りからの体固めでフォールし、鶴龍コンビが盤石の勝利を飾っています。
セミ前に組まれたのは、馬場&ドリー組vsKカーン&寺西組。このシリーズ既に3回目となるドリーとKカーンの組み合わせも非常に興味深いものがありますが、7分42秒、ドリーが軽量の寺西を後方回転エビ固めで降し、ベテランコンビ、馬場&ドリー組の勝ち。
第9戦、10月14日熊本市体育館(観衆3,400人発表)大会。
井上の試合はセミ前に組まれ、馬場&タイガーマスクとのトリオでR木村&鶴見&剛組の国際血盟軍と対戦。15分18秒にタイガーマスクが剛をバックドロップからの体固めで降し全日本チームの勝利。
メインイベントは鶴田&ドリー&天龍組の日米師弟トリオが長州&Kカーン&谷津組のジャパン最強トリオと対戦。長州がドリーをサソリ固めに捉えたところを鶴田、天龍が救出に入り、2人がかりで長州を攻撃。これを見たKカーンと谷津も入って来て乱闘となり、試合はそのまま場外戦ヘ。19分33秒、ドリーと長州が両者リングアウトのドローとなりました。
セミファイナルに予定されていたアジア・タッグ選手権試合、浜口&寺西組と石川&渕の一戦は、10月7日の江南市民体育会館で浜口が鶴田のブレーンバスターを食らい失神、脳震盪と共に頚椎損傷を起こし翌日から欠場。この日の出場も間に合わず。
王者チーム側であるジャパンプロレスでは寺西のパートナーとして保永昇男を指名、タイトルを所管するPWF本部では寺西&保永組を王座決定戦を行うことなく新王者チームとして認め、新王者チーム寺西&保永組に石川&渕組が挑戦することになりました。保永は棚ぼたとは言えベルト初戴冠。
このあたりはブルーザー・ブロディの新日本プロレス移籍に伴い、空位となっていたPWF世界タッグ王座を、パートナーだったスタン・ハンセンがテッド・デビアスを指名して新王者チームになったのと同じパターンでした。
アメリカに帰国した佐藤昭雄に代わり、2月3日北海道立北見体育センター以来の同タイトル戦出撃となった渕は張り切りましたが、気負いが裏目に出たか、寺西に放ったドロップキックをはたき落とされて自爆。すかさず寺西が逆さ押さえ込みに渕を丸め込んで、14分25秒、カウント3。新王者チームの寺西&保永組が初防衛に成功しています。
カブキはジャパンの仲野とシングルマッチで対戦、4分51秒、セカンドロープをつたい歩きしての正拳突きから体固めで仲野を問題とせずに一蹴しました。
マスカラス&チャボ・ゲレロの夢のチームが実現、マスカラス&チャボ組は10月12日大分県立荷揚町体育館(観衆2,400人発表)で初タッグを結成、タイガーマスク&川田利明組と対戦し11分30秒、チャボが川田をジャーマン・スープレックスホールドで破っています。
マスカラスとチャボは81年8〜9月の「スーパー・アイドル・シリーズ」、82年7月の「サマー・アクション・シリーズ」で一緒に来日していますが、マスカラスがドスカラスとのマスカラス・ブラザーズとして来ており、敵対関係にあったことからタッグを組むことはありませんでした。
81年8月28日新潟県長岡市厚生会館(現アオーレ長岡)での第2回PWF杯争奪タッグ・トーナメント決勝ではマスカラス・ブラザーズがリッキー・スティムボート&チャボ組を破って優勝。9月4日、大阪府立体育会館ではチャボがマスカラスのIWA世界ヘビー級王座に挑戦し2−1でマスカラスが勝ち王座防衛に成功しています。
マスカラス&チャボ組はこの日、共にメキシコ遠征の経験のあるジャパンの小林邦&栗栖組との対戦、10分1秒、チャボが栗栖をジャーマン・スープレックスホールドでフォールし2連勝。
ゴディ&ロビンソン組はグレート小鹿&ロッキー羽田組と対戦、6分40秒、ゴディが羽田をパワーボムからの体固めで破っていますが、ゴディ&ロビンソン組をアンダーカードで使うのは勿体いマッチメークでした。
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