85年全日本プロレス「激震!サンダー・ウォーズ」第15戦は6月2日日曜日の後楽園ホール(テレビ収録、観衆3,400人超満員発表)夜興行。
このシリーズ終了後、6月21日には日本武道館で全日本、ジャパン業務提携1周年記念興行「スペシャル・ウォーズIN武道館」が予定されているところからシリーズ中の東京大会はこの日のみ。
マイティ井上は渕正伸(正信)&ターザン後藤組とトリオを結成、ラッシャー木村&鶴見五郎&剛竜馬組の国際血盟軍と6人タッグマッチで対戦、9分41秒、鶴見がレフェリーの死角を突いての地獄突きをT後藤の喉に入れての体固め。
メインイベントは鶴田&天龍&大熊元司組と長州力&谷津嘉章&アニマル浜口組の一戦。ジャパン軍との抗争でその実力が再評価された大熊が全日本のメンバーとして登場。天龍が谷津に逆エビ固め、しかし、そこへ5月27日の川崎市能満寺大会を最後に再び消えた阿修羅・原が突然として姿を現し乱入。天龍にヒットマン・ラリアット、試合をぶち壊して怒るかつての国際プロレスの先輩でありコーチでもあった浜口にもラリアット。これで両チームがリング内に入ってきて乱闘となり、13分25秒にノーコンテストとなりました。
セミファイナルは馬場&石川敬士組とタイガー・ジェット・シン&マリオ・ミラノ組が対戦。石川がミラノを相撲タックルで倒し、コーナーポスト最上段からのダイビング・ギロチンドロップ。しかし、打ちどころが悪かったか?ミラノは失神したまま起き上がれず。
石川がそのままフォールし7分54秒、体固めでミラノを破りましたが勝敗が決した後もミラノはピクリとも動かず、バルコニーにいた観客からは「死んじゃった!」コールが起きて物議を醸しました。やはり生死に関わる心ない野次やコールは慎むべきだと思います。
ミラノは幸い大事には至らず、脳震盪と思われ、翌6月3日の岡崎市総合体育館大会には試合に出場しています。
アニマル&ホークのザ・ロード・ウォリアーズがプロレスの聖地、後楽園ホール初見参。相手はキラー・カーン&栗栖正伸組。2分20秒、アニマルが栗栖をラリアットからの体固めでフォールし、後楽園のファンを魅了しました。
タイガーマスク&マジック・ドラゴン組vsダイナマイト・キッド&デービーボーイ・スミス組は9分32秒、キッドがMドラゴンに雪崩式ブレーンバスターから体固めに決めてフォール勝ち。
第17戦は6月4日大阪城ホール(テレビ収録、観衆11,500人発表)大会。過去2回の大阪城ホール大会(2月21日、5月13日)はいずれもジャパンプロレスの自主興行であり、全日本プロレスとしてはこれが初の大阪城ホール進出となりましたが、この時点での多目的ホールとしては屋内最大収容規模を誇っていた(16,000人収容可能)同会場を満員にするには至らず。
ジャパンプロレスの営業と比べると、全日本は建替え予定の「府立の代替」的な使い方をしており、カード編成に特にスペシャル感は感じられませんでした。
井上はカナディアン・ルイスとシングルマッチで対戦、5分18秒、井上がサマーソルト・ドロップからの体固めで完勝。6月8日香川県高松市民文化センターで行われるキッドとのNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座防衛戦に向けて「仮想キッド」を撃破し好調ぶりを見せつけていますが、キッドはスミスとのコンビでジャパン勢と対戦が多く、井上とキッドの前哨戦らしい前哨戦は組まれませんでした。
メインイベントは鶴田の保持するインターナショナル・ヘビー級王座に「人間魚雷」テリー・ゴディが挑戦。両者は前84年10月29日、大田区体育館で同王座を賭けて対戦、23分58秒、鶴田の反則勝ちとなっており、決着はついておりません。
試合はスケールの大きな攻防戦となりましたが、ゴディが鶴田を力任せに場外に落とし、鉄柱攻撃から鶴田にバックドロップ狙い。しかし、これを読んでいた鶴田はこれを外して逆にゴディのバックに回ってバックドロップを決め、素早くリングに上がって18分35秒、リングアウトによる勝利。鶴田が12度目の王座防衛に成功しましたが、またしても完全決着は成らず。
セミファイナルにはアニマル&ホークのロード・ウォリアーズが大阪初登場、ジャパンプロレスのKカーン&谷津組と対戦。ゴング前からマネージャーのポール・エラリングの合図で奇襲攻撃をかけたウォリアーズがペースを握り、ホークが谷津をリフトアップしてからのデッドリー・ドライブからのラリアットで場外に。リング下で待ち受けていたアニマルが谷津にドリルアホール・パイルドライバー。
谷津はこれで動けなくなり2分32秒、ホークが谷津にリングアウト勝ち。ウォリアーズはジャパンのナンバー2コンビを僅か2分半で仕留めて見せました。
セミ前は全日本対ジャパン軍団抗争、天龍&石川組vs長州&浜口組。こちらは長州が天龍をブレーンバスターからフォールにいこうとしたところ石川がカット。浜口も入ってきてリング上で4人の乱闘となり、収拾つかず13分28秒、ノーコンテストの裁定が降っています。
馬場&大熊組とTJシン&ミラノ組の対戦、一昨日の6月2日後楽園ホールでは石川のダイビング・ギロチンドロップを食らって失神したミラノでしたが休むことなく試合に出場。9分24秒、シンがコブラクローからの体固めで大熊を降し、シン&ミラノ組の勝利。
小林邦昭&仲野信市組vsキッド&スミス組は9分2秒、キッドが雪崩式ブレーンバスターからの体固めで仲野をフォールしキッド&スミス組が完勝しています。
第18戦は6月5日愛知県体育館(テレビ収録、観衆6,700人発表)大会。3月14日に次いで3か月スパンでの同所開催となりました。
前回は長州力ジャパン移籍後初の名古屋登場、ウォリアーズ初来日、ブルーザー・ブロディの参戦とあって9,200人(超満員)発表の観客を動員しましたが今回は満員マークはつかず。
井上は佐藤昭雄組とのタッグでミラノ&ルイス組と対戦、9分2秒、佐藤がソバットからの体固めでルイスからフォール勝ちしています。
メインイベントは長州とTJシン4年ぶりのシングルマッチ(60分1本勝負)。長州とシンは1〜2月の「激突!オールスター・ウォーズ」でタッグでは対戦していますが、シングルでは当たっておらず、新日本プロレス時代以来の対戦となりました。
両者の初対決は吉田光雄として凱旋帰国を果たした77年「第4回ワールド・リーグ戦」3月28日、館林市民体育館大会。このシリーズ、シンは当初来日メンバーには入っていませんでしたが、3月31日の蔵前国技館での最終戦の翌日、4月1日に蔵前大会を追加。新日本プロレスとしては初の蔵前2連戦の開催となりました。
新日本プロレスを放送していたNETが4月1日付でテレビ朝日に社名を変更、その一環として看板番組であったワールドプロレスリングも強化対策で追加興行が決定。4月1日のメインイベントはシン&上田馬之助組の北米タッグ王座に猪木&坂口組が挑戦(シン&上田組が反則負けで防衛)していますが、シンだけはテレビ収録のある館林大会(4月15日関東地区放送)に単独で出場吉田とシングルマッチで対戦しており、9分44秒、吉田の反則勝ち。凱旋シリーズなので、吉田はフォール負けを逃れて花を持たせてもらった感じでした。
長州に改名してからは同年6月24日埼玉県大宮スケートセンターでの「アジア・チャンピオン・シリーズ」開幕戦でシングルで対戦、6分43秒、コブラクローでシンのフォール勝ち。以後は長州はシンに辛酸を舐めさせられ続けています。
両者のここまでの最後のシングル対決は81年6月2日、静岡県浜松市体育館での「第4回MSGシリーズ」公式戦で5分28秒、シンがコブラクローで勝利。このシリーズを最後にシンは全日本プロレスへ移籍。
長州にとってはスタン・ハンセン同様、団体の長としてリベンジをせねばならない相手でした。
試合はシンが場外で放送席の機材のコードを使って長州の首を絞め、怒った長州も同じくコードを用いてシンの首を絞める反撃。制止に入ったレフェリーに両者が交互に暴行を加え、5分49秒、ノーコンテストの裁定が下りました。長州にとっては悔しい結末に終わっています。
セミファイナルは鶴田&天龍組がアニマル&ホークのロード・ウォリアーズとノンタイトルで2度目の対戦。前回、3月9日、両国国技館でのインターナショナル・タッグ王座を賭けた初対決(60分3本勝負)では1−1からマネージャーのエラリングが乱入しての反則試合放棄という結末となりましたがウォリアーズ攻略の糸口を掴んだ試合でした。
今回は60分1本勝負。天龍がアニマルに延髄斬り2発をお見舞いしフォールの体勢へ。ホークがカット。天龍はコーナーポスト最上段からアニマルにダイビング・ボディアタック狙いに行こうとしたところ、エラリングがエプロンに上がって来てコーナーポスト最上段の天龍をイスで攻撃。7分11秒、天龍がアニマルに反則勝ちを収め、鶴龍コンビが勝ち星を拾いました。
セミ前に組まれたマジック・ドラゴンvs小林邦のマスカラ・コントラ・カベジェラ(敗者覆面剥ぎ&髪切りマッチ)45分1本勝負。Mドラゴンが小林をロープに飛ばしてショルダースルー。そこを横転してかわした小林が着地し、Mドラゴンの両腕に背後から足で挟んでのジャパニーズ・レッグロールクラッチ狙い。
しかし、ブリッジしないうちにカウント3が入ってしまい、12分18秒、回転エビ固めで小林のフォール勝ち。敗れたMドラゴンはマスクを脱いで、園田一治の素顔を明かしています。
タイガーマスク&川田利明組とキッド&スミス組は10分57秒、キッドが川田をダイビング・ヘッドバットからの体固めで破っています。
第19戦は6月6日、金沢・石川県産業展示館(観衆5,200人超満員発表)大会。
石川県出身の永源遙のプロモート興行であり、館内は超満員。金沢大会と言えばこれまでは新日本プロレスの主要大会が数多く開催され、82年7月23日には初代タイガーマスクがキッドにフェンスアウトによる反則負けを喫し不敗神話が崩れた会場としても知られていますが、永源のジャパンプロレス移籍で、全日本プロレスに持っていかれました。
井上はグラン浜田組と組み鶴見五郎&剛竜馬組と対戦。11分9秒、井上と鶴見が両者リングアウトとなり引分け。浜田と剛は前84年には同じUWFのリングで共闘していたかつての同志でした。
メインイベントでは天龍の持つUNヘビー級王座にKカーンが再挑戦(4月12日、鳥栖市民体育館で対戦し天龍の反則勝ちで決着ついておらず)する予定でしたが、Kカーンは前日の愛知県体育館大会を体調不良により欠場。急性リンパ肝炎と診断されてこの日のタイトル戦をキャンセル。代わって谷津嘉章が挑戦しています。谷津はプロレス入りしてからシングルのタイトルにはこれが初挑戦。
試合は場外からエプロンに上がって来た谷津に天龍がリング内からラリアット。これで谷津は再び場外ヘ。天龍もこれを追って乱闘、場外で天龍が谷津に延髄斬りを決めて素早くリングインし、16分54秒、天龍のリングアウト勝ちとなりました。天龍は9度目の防衛に成功しています。
この一戦以降、谷津はシングルプレーヤーとしても天龍とのUNヘビー級王座をめぐるライバル関係を構築していくことになります。
セミファイナルでは長州&浜口&寺西勇組がキッド&スミス&ルイス組のカルガリートリオと対戦。7分39秒、長州がルイスをリキラリアットからの体固めでフォールしております。
アニマル&ホークのザ・ロード・ウォリアーズが北陸初見参、この日は鶴田と前日、小林邦昭とのマスカラ・コントラ・カベジェラ(敗者覆面剥ぎ&髪切りマッチ)に敗れ素顔となったMドラゴン改め園田組と対戦。
園田が素顔で日本で全日本プロレスの興行に出たのは海外修行前の79年8月19日、「ブラック・パワー・シリーズ」第3戦、国分寺街道京王ストアー前新栄会館駐車場特設リングでのミスター林戦以来6年ぶり。(13分5秒、片エビ固めで負け)
ちなみにこの日のメインイベントは馬場&鶴田&タイガー戸口組がアブドーラ・ザ・ブッチャー&大木金太郎&ボボ・ブラジル組を2−1で破っているという、地方の屋外会場にしては豪華カード。
園田はその後の北海道ツアーには参加せず、8月26日、日本武道館で行われた「プロレス夢のオールスター戦」のバトルロイヤルに出場した後、石川敬士(隆士)と共にプエルトリコ、アメリカヘ修行に出発、84年1月の「新春ジャイアント・シリーズ」にマスクマン「龍の忍者」マジック・ドラゴンとして凱旋帰国を果たしたのでした。
試合は僅か58秒、ホークが園田をダイビング・ラリアットからの体固めで秒殺しウォリアーズの完勝に終わっています。
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