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2024年12月07日06:58

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【特別編】マイティ井上さん追悼(9)

アジア・タッグ王座から転落して無冠になったマイティ井上は今度はラッシャー木村のIWA世界ヘビー級王座に照準を定めました。

78年4月6日新潟県五泉市民会館で開幕の「スーパー・ファイト・シリーズ」のエース外国人はジプシー・ジョーで5月1日富士市吉原体育館でR木村のIWA世界ヘビー級王座に挑戦と発表されましたがこれに待ったをかけたのが井上。

井上とジョーは4月11日群馬県高崎市体育館でシングルマッチ60分1本勝負で対戦、カナダ・カルガリー遠征に行く前の77年3月26日蔵前国技館での「第6回IWAワールド・シリーズ」最終公式戦で両者KOの壮絶な死闘を展開して以来の一騎討ちとなりましたが場外で果てしない乱戦を続けて18分36秒、ノーコンテストとなりまたも決着つかず。

井上は「自分と決着がついていないジョーが木村さんのベルトにスンナリ挑戦出来るのはおかしい。自分ともう一度やって勝った方が挑戦すればよい」とジョーとの再戦にIWA世界ヘビー級王座ヘの次期挑戦権を賭けて欲しいと吉原功社長に直訴、4月27日岡山県津山市総合体育館での井上とジョーの再戦はIWA世界ヘビー級王座次期挑戦者決定戦となりました。

対するジョーは前日の4月26日岡山武道館で大位山勝三と金網デスマッチで対戦、金網のてっぺんからの3�探濤濂璽侫薀ぅ鵐亜Ε法璽疋蹈奪廚韮烹肋,舛鮗�め絶好調、無冠でこの時期はR木村、グレート草津、アニマル浜口に次ぐ4番手のポジションだった井上と比べると「ジョー有利」かと思われました。

試合は60分1本勝負、場外でのイス、鉄柱、机を使った乱闘から井上はサマーソルト・ドロップ、バックドロップと畳み掛けますが決まらず。

フライング・ニードロップ以外は技らしい技はなかったジョーですがこのシリーズは相手の首と胸のあたりに手を掛けて投げる変型スープレックスを新兵器として見せており、井上に一発決めるもカウント2で返され、もう一度変型スープレックスを狙ったところを井上がリバース・スープレックスで切り返し、22分10秒、そのまま背面の状態で上になった井上が体固めでフォール勝ちを収めました。

5月1日富士市吉原体育館で井上はR木村のIWA世界ヘビー級王座に3度目の挑戦(61分3本勝負)。1本目は13分1秒、井上が回転エビ固め、2本目は3分3秒、R木村がスリーパー・ホールド(裸絞め)、決勝の3本目は、R木村がコブラツイストを決めたところでジョーが角材を持って乱入。両者に無差別攻撃をかけた為、2分17秒、ノーコンテストとなりました。国際プロレスではノーコンテストでも防衛記録に加算されるのでR木村は15度目の防衛となっています。

井上に負けたことでこれまで単独エース格だったジョーは次回以降の来日ではポジションダウンしていきました。

このシリーズの4月16日東広島市西条プラザ特設リングでの試合を最後に剛竜馬が突如として巡業から姿を消しました。剛は全日本プロレスの5月11日大阪府立体育会館に現れて国際プロレスを退団、フリー宣言し、在米フリーのヒロ・マツダを頼って渡米、6月9日(現地時間)ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアムでカルロス・マタとのWWWFジュニア・ヘビー級王座防衛戦を行った新日本プロレスの藤波辰巳の前にマツダと共に登場、藤波に挑戦を表明しています。

剛は7月27日新日本プロレスの日本武道館大会に出場、藤波のWWWFジュニア・ヘビー級王座に挑戦し13分52秒、ジャーマン・スープレックスホールドの前に敗れました。

「第2のストロング小林事件」として新日本プロレスと国際プロレスの関係は当時よりさらに悪化していきました。訴訟問題にまで発展した剛問題でしたが9月21日新日本プロレスの品川プリンスホテル・ゴールドホール大会の控室に吉原社長が猪木を表敬訪問しました。

早稲田大学卒業後の53年に日本プロレスに入団している吉原社長は自身のプロレス生活25周年記念興行として11月に「日本リーグ争覇戦」を開催することを発表していましたが、記念イベントとあって提携先の全日本プロレス以外にも、新日本プロレスから選手を派遣してくれないか、と要望を出していました。

新日本プロレス側は星野勘太郎、山本小鉄のヤマハ・ブラザーズを派遣することを約束しましたが、鶴田を始めとした主力選手を派遣する全日本プロレス代表の馬場が反対し頓挫。吉原社長はお詫びとして新日本プロレスの会場に出向き、前向きな回答をしてくれた猪木、新間寿営業本部長に対し謝意を述べています。

吉原社長プロレス生活25周年記念「日本リーグ争覇戦」は11月3日栃木県大田原市民体育館で開幕。全日本プロレスからは鶴田(決勝トーナメントより参戦)、ミスター・サクラダ(桜田一男)、グレート小鹿、大熊元司、ロッキー羽田。フリーのキム・ドク、ミスター・ヒト、石川孝志(元大ノ海)、日系のプロフェッサー・タナカ、ディーン・ホー。韓国・金一道場から梁承揮。大木金太郎は当初決勝トーナメントから出場と発表されていましたが韓国でのスケジュールが合わず棄権しました。

大木の棄権についてはミック博士の「昭和プロレスマガジン」Vol.55に考察を書かせて頂いておりますのでご一読頂けると幸甚です。

主催団体である国際プロレスからはR木村、草津、井上、浜口、寺西勇、鶴見五郎が参戦。井上はAブロックにエントリーしました。

井上は11月5日後楽園ホールの公式戦初戦でタナカの凶器攻撃の前にフォール負けで黒星発進も、梁に勝ち、11月12日岐阜県萩原町あさぎり体育館では草津と5年ぶりに対戦し、回転エビ固めで敗戦しました。その後はヒトに勝ち、羽田と時間切れ引き分け、大熊に勝ち、サクラダと時間切れ引き分けで予選リーグ戦を終え、7戦3勝2敗2時間切れ引き分け、失点12の16点でAブロック3位となり決勝トーナメント進出が決定しました。

決勝トーナメントはAブロック1位のタナカ、2位のサクラダ、3位の井上、Bブロック1位のR木村、2位のドク、3位のホーの6選手が予選から勝ち上がり、予選シードの鶴田に棄権した大木の代わりにAブロック4位のヒトとBブロック4位の石川が抽選を行い、石川が決勝トーナメント進出を決めています。(この項続く)

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