84年8月26日新日本プロレス「ブラディ・ファイト・シリーズ」第3戦福生市民体育館でストロング小林の引退記念興行を行っています。
S小林は1940年12月25日東京都文京区出生の青梅市育ち。青梅農林高校時代は野球部で活躍、高校卒業後は国鉄に入社し稲城駅の改札係をしていましたがボディビルで身体を鍛えており、66年に国鉄を退職し吉原功が代表を勤める国際プロレスに入団。
日本人初のマスクマン、覆面太郎としてデビューを飾り素顔になってからはヨーロッパ遠征を経てメインイベンターに成長。69年5月にはフランスのパリで豊登と組んでIWA世界タッグ王座決定トーナメントに出場し決勝でモンスター・ロシモフ(後のアンドレ)、イワン・ストロゴフ組を破り初代同王者となりました。
70年にはアメリカAWA地区へ遠征し、71年6月19日にミネソタ州ダルースでビル・ミラーを破りIWA世界ヘビー級王者となり凱旋帰国。
73年11月9日にワフー・マクダニエルに敗れるまで同王座25回連続防衛を果たし馬場のインターナショナル王座連続21回防衛の記録を更新しています。
しかし、マッチメーカーのグレート草津との確執から国際での処遇に不満を抱くようになり、74年2月にフリー宣言、新日本の猪木と全日本の馬場に挑戦。(これは新日本が用意したシナリオと言われる)猪木がこれを受けて立ち、3月19日蔵前国技館で猪木のNWF世界ヘビー級王座に挑戦、壮絶な試合の末、猪木の原爆固めに敗戦。
その後アメリカWWWFにヒールとして再修行に出かけ、9月20日にはペンシルバニア州フィラデルフィアでブルーノ・サンマルチノのWWWFヘビー級王座に挑み反則負け。MSGのリングにも登場しています。
12月12日蔵前での猪木との再戦では卍固めの前にレフェリーストップ負けし無念の連敗をしました。
翌75年1月からフリーとして新日本に参戦し5月30日に正式入団、入団第1戦は同日の後楽園ホールでアンドレ・ザ・ジャイアントと両者リングアウトの引き分け。猪木、坂口、S小林のビッグ3時代到来と話題を集めました。
76年2月5日には札幌中島スポーツセンターで坂口と組みタイガー・ジェット・シン&ブルータス・ムルンバ組を破り、猪木が返上した北米タッグ王座を獲得しましたが、藤波辰巳、長州力の台頭でポジションは団体5番目の扱いまで転落。ジョバーを勤めることも多くなっていきました。
81年2月にはメキシコへ遠征しカネックのUWA世界ヘビー級王座に挑戦も獲得成らず。8月に帰国しています。
10月16日、大分県立総合体育館で藤原喜明と組んでハルク・ホーガン&ディック・マードック組と対戦した試合(ホーガンが藤原を片エビ固め)を最後に腰痛が悪化し試合を欠場していました。
S小林は腰痛欠場に入る少し前の81年10月8日、蔵前国技館で行われた新日本プロレスと国際プロレスの全面対抗戦(国際は団体崩壊しており、実質的には名前だけの対抗戦)のメインイベント、猪木vsラッシャー木村戦において猪木が反則負けし、対抗戦が継続されることになった時、やはり元国際からの移籍組だった剛竜馬と共に、国際軍団に組み入れられそうになったことがありました。
しかし、早期戦列復帰は難しく翌82年には髪の毛をスキンヘッドに剃り上げてストロング金剛の芸名で真田広之、渡辺典子主演の角川映画「伊賀忍法帳」に出演しました。
金剛の名前はこの映画の役名である金剛坊から来たものです。
82年9月21日、大阪府立体育会館で行われた猪木vsR木村の敗者髪切りマッチではリングサイド最前列に陣取り、国際軍団に加担、場外乱闘の際猪木の背中に数発パンチを見舞った他、セコンドにいたアニマル浜口に鋏を手渡すなどのアクションを起こしました。
実際にこの年11月の第3回MSGタッグ・リーグ戦ではR木村とのタッグで参加が検討されチケットにも名前が記載されましたが、TBSテレビ系バラエティ番組「風雲たけし城」の撮影中に痛めていた箇所を再度負傷してしまいました。
復帰に向けトレーニングを積んで来ましたが回復せず残念ながら43歳で引退試合を行うことなく引退となりました。新日本プロレスには75年5月の入団の際、取締役として迎えられていましたが84年7月末で退任。
白のスーツ上下に身を包んだS小林の引退セレモニーには新日本の顧問に就任していたかつての師匠、吉原功元国際プロレス社長もリングに上がり挨拶を行っています。
しかし、長年の国際プロレスの経営によるストレスとそれに起因する過度の飲酒は吉原の肉体を確実に蝕んでいきました。
この日はテレビ中継もなく、猪木も欠場中で会場に姿を現さず、観客は3,200人超満員発表でしたがかつて一時代を築いたトップレスラーの引退興行としては寂しいものがありました。
メインイベントは坂口征二&藤波辰巳&木村健吾組vsロジャー・スミス&デューク・マイヤース&トニー・セントクレアー組の6人タッグマッチで藤波がセントクレアーにフェンスアウトの反則勝ちとなっています。
※次回はいよいよ最終回となります。
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