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2024年06月19日22:01

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ストロング小林さん追悼最終章(722)

81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」振り返りの続きです。2シリーズ連続参加のバッドニュース・アレンはシリーズ全体ではケン・パテラ、終盤はタイガー・ジェット・シンのパートナーとしてメインイベント戦線に復帰、バイプレイヤーとして本領発揮していました。

しかしテレビ登場したのは1月22日、下関市体育館(1月23日放送)の長州力戦の1回だけで、それもサソリ固めでギブアップ負けしており、そういう意味では割を食った感じです。ジ・エンフォーサーよりは体力的には上であり、パテラ、シンと組んで活躍するアレンのファイトをもう少しテレビで観たかったです。

初来日のトム・プリチャードはキャリア3年足らずながら、ロサンゼルスと日本のリングで藤波辰巳のWWFジュニア・ヘビー級王座に挑戦、2度ともテレビ朝日で中継されるというラッキーボーイですが、性格と試合ぶりが大人しかったか、1月16日、四日市体育館での藤波とのタイトル戦では「味付け」としてシリーズに参戦していない上田馬之助が乱入、藤波を襲撃させて流血させるギミックを用いました。

テレビ生中継の冒頭部分なのでこうしたインパクトの強い仕掛けをやらないと視聴者を引っ張れなかったかも知れませんが、プリチャード自身には何のアドバンテージにも成らず、却って印象を薄くしました。

藤波とのタイトル戦の後は、木村健吾、星野勘太郎、木戸修らにフォール負けを喫していますが、このあたりが当時の日本におけるプリチャードの本来のポジションだったでしょう。

しかし、帰国後はジワジワと全米で頭角を現し、83〜85年の初頭にかけてオレゴン州ポートランドを中心とした太平洋岸北西部のパシフィック・ノースウェスト地区(PNW)でベビーフェイスのトップとして活躍。

その後はテネシー地区の米国版CWA、アラバマのガルフコースト地区でメインイベンターとなり、80年代後半にはアラバマのガルフ・コースト地区に転戦。USジュニア・ヘビー級、アラバマ州ヘビー級王者およびCWFヘビー級などのタイトルを獲得。

ジャパンプロレスから新日本プロレスにUターンしたマサ齋藤が渉外担当取締役になったことでテネシーとのパイプが出来、89年10月、新日本プロレス「闘魂シリーズ」に8年ぶりの再来日をを果たしました。ビッグバン・ベイダー、グレート・コキーナ(ヨコヅナ)、マット・ボーン、トニー・セントクレアー、ダリル・ピーターソンと一緒でしたが扱いは下の方。

10月15日、岩槻市槻の森スポーツセンターでは「サンダー」が付く前の獣神ライガーとシングルマッチで対戦しましたがムーンサルト・プレスでフォール負け。シリーズ最終戦の11月3日、後楽園ホールではセントクレアーと組んで星野勘太郎&ブラック・キャット組と対戦、キャットのゴリースペシャルの前にギブアップ負けを喫しました。

新日本プロレスには2度と呼ばれないだろうと思われました。90年代に入るとテネシーでジェリー・ローラーとジェリー・ジャレットが共同オーナーだったCWAの後継団体USWAを主戦場に活躍、ヒールターンして若手時代のスティーブ・オースチンらとタッグを組み、ジェフ・ジャレット、ロバート・フラー、ビル・ダンディ、ブライアン・クリストファーと抗争を展開。

91年9月、8月に旗揚げしたばかりのW★INGの旗揚げシリーズ第2弾「TAKE−OFF2nd」に来日、TNT、ジプシー・ジョー、ヘッドハンターズA&B、アイスマン(リッキー・サンタナ)、エディ・ギルバート、ダニー・デービスらと一緒でしたが、インディーズでは本来の強さを発揮、戸井マサル(克哉)らを寄せつけない実力者ぶりを見せつけました。

92年からはテネシー州ノックスビルのスモーキー・マウンテン・レスリング(SMW)に参戦、団体のオーナーで、テニスのラケットがトレードマークだったジム・コルネットをマネージャーにし、ファビュラス・ワンズやミッドナイト・エクスプレスのメンバーだったスタン・レーンとヘブンリー・ボディーなるタッグチームを結成、ヒールのトップチームとしてトミー・ロジャース&ボビー・フルトンのザ・ファンタスティックス、リック・モートン&ロバート・ギブソンのロックンロール・エクスプレスとタッグ王座を争いました。

翌93年、当時SMWやUSWAとの業務提携を開始していたWWFに、ヘブンリー・ボディーズの新パートナーであるジミー・デル・レイ(ジミー・バックランドとして90年にFMWに来日)とのコンビで登場。

8月30日のサマースラム93ではリック&スコットのスタイナー・ブラザーズが保持していたWWF世界タッグ王座に挑戦しています。

94年3月20日にニューヨークMSGで行われたレッスルマニアXに初登場、ダークマッチながらブッチ・ミラー&ルーク・ウィリアムス組のザ・ブッシュワッカーズに勝利。

同年5月にはデル・レイとのヘブンリー・ボディーズで全日本プロレスの「スーパー・パワー・シリーズ」に来日、天使の羽をつけたコスチュームはインパクト大でした。スタン・ハンセン、スティーブ・ウイリアムス、ジョニー・エース、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ジャイアント・キマラ(2号)、SMWでライバル関係にあったファンタスティックスと一緒で、ファンタスティックスやハンセン、ウイリアムス、ブッチャー&キマラ組とも対戦しています。

WWFのコメンテーターをしていたブルース・プリチャードは実弟にあたります。

終盤戦特別参加のシンは存在感を発揮、シリーズを通してのエース格のパテラは新日本プロレスのファンには馴染が薄く、直線的なパワーファイターの為試合はあまり面白いとは言えず、やはりシンが来ると観客の盛り上がり方が違いました。

2月6日、札幌中島体育センターでは宿敵猪木を反則勝ちながらUWA世界ヘビー級王座を防衛、ベルトを持ったまま再びメキシコに乗り込むことが確定しています。

同じく終盤戦特別参加、新日本プロレス初参戦のボビー・ダンカンはハンセン、ダスティ・ローデスの代打参戦で試合数も少なく、テレビ登場も2回だけでしたが、最終戦の2月12日、後楽園ホールでの猪木とのノンタイトルのシングルマッチはスケールの大きなダイナミックな受けっぷりを見せ、いい仕事をしていました。

ストロング小林は覇気があったとは言えず、パテラに3回負け、シカ・アノアイのサモアン2号にも、3戦して3回負け、2月4日、大阪府立体育会館ではシンに僅か1分45秒、という過去最短時間でのフォール負け。ジ・エンフォーサーには1回リングアウト勝ちした他は両者リングアウトばかりで、外国人レスラーにちゃんと一本勝ちしたのはプリチャードにだけでした。

現状打破の為、S小林はシリーズ終了後、約3か月の予定でメキシコ遠征に出ることが決まりました。
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