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2024年06月08日23:35

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文芸大聴講「日本伝統建築」第8回「近世の城郭建築」の内容とレポート

日本伝統建築ノート�─ゞ畧い両覲垠�築

1 戦国時代の山城

・一乗谷城(福井県) 15世紀、「総構」城郭の発想から朝倉氏が一乗谷に造営した大規模な山城。

静岡県内には、戦国時代、各地に山城が造られた。その遺構が今も各地にある。
・諏訪原城跡(静岡県島田市) 【国史跡】
  1573(天正元)年、武田氏が牧之原台地に築城。徳川方と争奪戦を繰り広げた。
  大手南外堀。二の曲輪中馬出の三日月堀。石垣はナシ。
・高根城(浜松市天竜区水窪)【市史跡】
  1570(元亀元)年〜1576(天正4)年、地元豪族の奥山氏が山頂に造営。その後、武田氏の拠点に。
  三の曲輪〜二の曲輪〜本曲輪。その間に二重の堀切。
  2001年、本曲輪に井楼櫓、城門等が復元された。

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・二俣城・鳥羽山城(浜松市天竜区)【国史跡】
  1560(永禄3)年、今川氏の家臣松井氏が築城した山城。鳥羽山城と二俣城は別城一郭(2城で1組)。
  大きく蛇行する天竜川と二俣川が自然の要害となる。
  二俣城本丸跡には石垣、鳥羽山城跡には大手通、庭園の遺構。土塁(一部石垣が残る) を盛り上げその上に築城した。
  この辺りは天竜の木材の要衝で、鳥羽山の南には筏問屋旧田代家住宅が残る。【国登録有形文化財】

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2 天守閣の出現

戦国時代末期、土塁は石垣に、堀は多重化して塀や櫓が築かれ、その中心に天守閣が造られるようになった。
・安土城天守閣(滋賀県)
  1579(天正7)年、織田信長造営。初めての巨大な天守と石垣。6階地下1階付、高さ32m。
  1582(天正10)年、本能寺変後、焼失。
・大坂城(大阪市)
  1583(天正11)年〜1585(天正13)年、豊臣秀吉造営。5重6階地下2階付、高さ40mか。
  1615(慶長20)年、大坂夏の陣、焼失
  1620(元和6)年〜1626(寛永3)年、徳川家康造営。5重5階地下1階付、58.32m。
  1665(寛文5)年、焼失。
・駿府城(静岡市)
  1585(天正13)年、徳川家康が旧城を改築し、天守を築造。その後、政権と城主の変化により、城は改築が繰り返されたと考えられる。
  江戸時代初期には、秀忠に将軍職を譲った徳川家康が駿府に隠居し、この時、現在部分的に残っている3重の堀を持つ巨大な平城に改修。その後1607(慶長7)年焼失。1610(慶長15)年再建竣工。
  2016〜20年の発掘調査で、慶長期、その内側に天正期の天守の石垣も発見された。金箔の残る瓦も発見。金箔瓦は安土城で初めて使用され、大坂城でも用いられた。
現在、三の丸跡地には県庁や市役所等が建ち、本丸と二の丸の跡地が駿府城公園として整備されている。

3 天守閣の意匠

�)章扱�  御殿の上に、敵の来襲をいち早く発見するための物見台を乗せた、見るための天守。

・犬山城天守(岐阜県) 1601(慶長6)造営。【国宝】
  3重4階地下2階付。緩く直線的な石垣。下層、大規模な入母屋造。上層、小規模な入母屋造。周囲に高欄。下層が大きく、上層にいくにつれてすぼまる(逓減率大)。
  帳台構=武者隠し。付樋端(つけひばた)=引違建具用に、細い角材を3本打ちつけて鴨居とした。
  天井裏の梁は釿(ちょうな)による粗い仕上げ。根太天井=上階の床。
・丸岡城天守 1576(天正4)年造営。現存する中で最古。【重文】
・松江城天守(島根県) 1611(慶長16)年造営。【国宝】
  鎹(かすがい)、金具により、細い柱を組みあわせて太い柱にしている。

�∩愿齋拭仝⇔呂両歡Г箸靴董�外部から見られるための天守。

・姫路城天守(兵庫県) 1609(慶長14)年造営。【国宝】
  5重の大天守と3つの小天守を組みあわせた、複雑な形状。石垣は高く、下方で緩く上方は急カーブ。最上階に高欄はナシ。逓減率小。白漆喰壁。千鳥破風と唐破風混在。多門廊=複数の櫓をつなぐ長い渡り廊下。
・松本城天守(長野県) 1592(文禄元)〜1615(元和初)年頃造営。【国宝】
  下層建築ナシ、住居として御殿の性格は失われた。最上層以外、薄い屋根を廻らす。逓減率小。
  天守と乾小天守。辰己付櫓、月見櫓。
  太鼓門(一之門/石垣を渡す櫓門、二之門/高麗門)、黒門(一之門)…何れも復元。
  下見(腰)板壁は全て黒漆塗装(毎年塗り替え)。
  継手(追掛継ぎ)=短い梁材をつないで長くする。

4 復元(復興)天守閣

・大阪城天守(大阪府) 1931(昭和6)年造営。SRC(鉄骨鉄筋コンクリート)造。5層8階、高さ54.8m。
  徳川による再建天守台に豊臣時代の天守閣を乗せた形。【国登録文化財】
・名古屋城天守(愛知県) 1959(昭和34)年造営。SRC(鉄骨鉄筋コンクリート)造。
・浜松城天守(静岡県) 1958(昭和33)年造営。RC(鉄筋コンクリート)造。
  石垣より10%小さいサイズで天守造営。松江城を参照にした模擬天守。
  天守門(復元)=櫓門

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・掛川城(静岡県) 1994(平成6)年造営。木造としては早い時期。青森ヒバ材使用。
  時を告げる大太鼓が置かれた太鼓櫓。1854(嘉永7)年の地震後再建、数回移転。【市指定有形文化財】
  油山寺山門は1872(明治5)年旧掛川城廃城の翌年に大手二の門を移築。1659(万治2)年創建。【重文】

5 身近な城跡・城郭

・井伊谷城跡 浜松市浜名区引佐町。戦国時代井伊氏居城。城山に築かれた山城。山頂に土塁,石垣が残る。
現在は城山公園として整備。【市指定史跡】
・三岳城跡 浜松市浜名区引佐町。三嶽山上に築かれた井伊氏本城(出城説もあり)。【国指定史跡】
・千頭峯城跡 浜松市浜名区三ヶ日町。南北朝時代、宗良親王を奉じて戦った井伊氏の拠点、大規模な山城。
土塁と井戸跡が残る。【県指定史跡】

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・刑部(おさかべ)城跡 浜松市浜名区細江町。都田川に囲まれる要害の丘に築かれた。築城者・時期不明。家康
の遠江侵攻時落城。三方ヶ原戦後、信玄軍が辺りに野営。本廓二の廓(現金山神社)間に堀切跡。未指定。

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