80年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」最終戦、2月8日、東京体育館大会メインイベント以外の試合結果です。
セミファイナルは新NWA世界ジュニア・ヘビー級王者、藤波辰巳に前王者スティーブ・カーンがリターンマッチを挑んだ61分3本勝負。試合は短期決戦となり、1本目は3分12秒、Sカーンがジャーマン・スープレックスホールドで先制、2本目は3分15秒、藤波の反則勝ち、決勝の3本目は4分34秒、藤波がジャパニーズ・レッグロール・クラッチホールド(回転足折り固め)でSカーンからフォールを奪い、反則含みながら藤波が2−1でタイトル初防衛に成功。
藤波はジュニア・ヘビー級ながら新日本プロレス所属の日本人プロレスラーとして初めて「NWA世界王者」として海外ツアーに出ることが決まったはずだったのですが…。
この日の「ワールドプロレスリング」生中継ですが、放送開始と同時にメインイベントが始まり、午後8時30分過ぎには終了していました。当日の放送リスト「闘いのワンダーランド」(84年全国朝日放送より発行)資料編では詳細はわかりませんが、おそらく、余った時間で先に行われていた藤波vsSカーンのNWA世界ジュニア・ヘビー級選手権試合が放送されたはずです。
私は会場に行っており、中継は観ておらず、当時はまだビデオデッキも所持していなかったので確認のしようはないですが…。ちなみにこの日は「逆取り」ではなかったです。
セミ前が坂口征二&ウィリエム・ルスカ組の日蘭柔道最強タッグとバッドニュース・アレン&マサ齋藤組のタッグマッチ30分1本勝負で5分2秒、両チームリングアウトの引き分け。
ダイナマイト・キッドは小林邦昭とシングルマッチで対戦し5分17秒、体固めでキッドの勝利。小林邦大物外国人と対戦する機会も増え、海外武者修行への機運が高まってきつつありました。
長州力&木村健吾組vs星野勘太郎&木戸修組のタッグマッチは20分時間切れ引き分け、ストロング小林は永源遙を6分2秒、片エビ固めで破り、スキップ・ヤングはジョージ高野を4分33秒、片エビ固めで降しています。
全日本プロレスとの興行戦争ですが、全日本プロレス「新春ジャイアント・シリーズ」1月2&3日、恒例の後楽園ホール昼興行2連戦で開幕。
ビル・ロビンソン、ブルーザー・ブロディ、アンジェロ・モスカ、ビル・アーウィン、ダッチ・マンテル、ジェリー・ノバックの外国人レスラーが参加。
2日の開幕戦(観衆2,800人満員発表)では新春バトルロイヤルが行われ、決勝でロビンソンが天龍源一郎を逆さ押さえ込みでフォールし優勝。
3日の第2戦(テレビ収録、観衆3,000人超満員発表)では馬場&鶴田組のインターナショナル・タッグ王座にブロディ&モスカ組の「キングコングス」が挑戦し1−1から両チームリングアウトの引き分けで馬場&鶴田組が王座初防衛に成功。
第6戦の1月11日、高知県民体育館(テレビ収録、観衆4,300人満員発表)大会ではロビンソンが鶴田のUNヘビー級王座に挑戦して1−1から時間切れ引き分け、鶴田は12度目のタイトル防衛を果たしました。
第15戦、1月21日、富士市吉原体育館(テレビ収録、観衆3,500人満員発表)大会。鶴田とブロディがノンタイトル戦で2度目のシングル対決を行い両者リングアウトの引き分け。タイガー戸口は正規軍入りしてからは初めてロビンソンとシングルマッチで対戦しましたが、ロビンソンのヨーロピアン・クラッチの前にフォール負けしました。
シリーズ最終戦、1月22日、長野県諏訪湖スポーツセンター(テレビ収録、観衆3,400人満員発表)ではブロディが馬場のPWFヘビー級王座に挑戦。1本目はブロディがキングコング・ニードロップから体固め、2本目は馬場が反則勝ち、3本目は馬場がダイビング・ボディアタックから体固めで取り、2−1で馬場が2度目の王座防衛に成功しています。
前の79年「世界最強タッグ決定リーグ戦」では札幌中島スポーツセンター、仙台・宮城県スポーツセンター、大阪府立体育会館、福岡九電記念体育館、蔵前国技館と大会場での興行が目白押しだった全日本プロレスは「新春ジャイアント・シリーズ」は中小規模都市での興行ばかりで、ニアミスは後楽園ホールのみ。
後楽園ホールは全日本プロレスが2日2,800人、3日3,000人発表、新日本プロレスの4日が2,700人発表で3大会はほぼ互角。引き分けに終わったと言えます。
ログインしてコメントを確認・投稿する