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2023年11月04日22:30

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ストロング小林さん追悼(555)

79年新日本プロレス「闘魂シリーズ」の総括です。やはり、前半戦に特別参加した「アメリカン・ドリーム」ダスティ・ローデスの存在が大きかったです。

これまで新日本プロレスにエース格として来日した外国人レスラーは「陰」のイメージが強かったですが、ローデスの「陽」のイメージは歴史を変えたと言っても過言ではありません。アンドレ・ザ・ジャイアントも新日本プロレスではヒールであり、リング上でユーモラスなシーンを見せることはあっても基本的には陰キャラでした。

2度の猪木とのシングル戦は反則負けとリングアウト負けに終わり、勝つことは出来ませんでしたが、「カクトウギのテーマ」に乗ってのゴージャスな衣装での入場パフォーマンスは真のスーパースターぶりを見せました。試合内容も世界の超一流らしい動きを見せ、腰振りダンスからのバイオニック・エルボーはファンを楽しませました。

WWF北米ヘビー級王者パット・パターソンも来日間隔の空いた2年間でサンフランシスコからAWA、WWFで大物の扱いを受け、スケールを増しての来日となりました。坂口征二にWWF北米ヘビー級王座を奪われたのは不本意でしたが、実力者ぶりを如何なく発揮、坂口にタイトルを奪われた試合以外では猪木以外には一本負けは許さず帰国しています。

シリーズ全戦参加のペドロ・モラレスは今回ややポジションが落ちたか。猪木とのNWFヘビー級タイトル戦は10分足らず(8分29秒、体固めでフォール負け)で完敗、後半は坂口、藤波辰巳に両者リングアウトに持ち込まれました。アメリカでは格下で無名の存在のタイガー・ジェット・シンの下で組まされていたのもモチベーションが上がらなかった原因の一つか。最終戦の12月6日、蔵前国技館ではタッグマッチながら藤波にリングアウト負け、長丁場のシリーズ出ずっぱりで多少疲れもあったようです。

グレッグ・バレンタインは3度目の新日本プロレス来日ですっかりメインイベンターとしての風格が備わりました。やはりNWAミッドアトランティック地区のクロケット・プロ、WWFという世界のトップのリングでメインイベンターとして活躍していただけのことはあります。

父ジョニーのライバルだった猪木、坂口よりも藤波、長州力ら同年代と切磋琢磨していく世代だと思いました。

ニコリ・ボルコフは今シリーズはほとんどがトップクラスばかりでいわゆる員数合わせの外国人レスラー、いわゆる「タッグでの負け役」を常時こなしているジョバーがいなかったので割りを食った感がありました。

新日本プロレスへの来日はこれが最後で、81年5月の「第4回MSGシリーズ」に来日が発表されたもののキャンセルとなり、この時のブッチャー移籍に端を発した全日本プロレスとの一連の「引き抜き抗争」で82年1月「新春ジャイアント・シリーズ」で全日本プロレスに登場しましたが、同じシリーズで後半戦にスタン・ハンセンが移籍して参戦してきた為、目立ちませんでした。

中盤戦から特別参加のシンは飛行機トラブルで来日が1日遅れるアクシデントはありましたが、チェーンを持って記者会見に臨み、猪木にチェーンデスマッチでの対戦を要求。

しかしこれはカムフラージュで実際はボブ・バックランドと猪木のWWFヘビー級選手権試合に乱入して試合をぶち壊すのが目的でした。12月4日の大阪府立体育会館ではバックランドと初のシングルマッチを行い、新日本プロレスに大物外国人大切の導線をつけています。

同じく中盤戦から特別参加のジョニー・パワーズは1月26日、岡山武道館で坂口にNWF北米ヘビー級王座を奪われて無冠となり、ポジション的には他の参加外国人レスラーの後塵を拝することになってしまいました。

外国人ヒールサイドとして参戦のマサ齋藤は今シリーズ、やられ役の外国人がいない為、大物外国人の間に入ってつなぎ役としていい仕事をしました。

世界の主要テリトリーを渡り歩いて来たM齋藤はローデス、パターソン、モラレス、Gバレンタイン、ボルコフ、それにシンとフロリダ、サンフランシスコ、WWF、日本で一緒の手の内の知れたメンバーばかりで調整役として地方大会を芯の通った内容に仕上げたのはM齋藤の功績です。

終盤戦特別参加のバックランドは猪木に敗れWWFヘビー級王座を奪われましたがパワーファイターに変貌。体力的には猪木を上回っていました。一つ一つの技も重たくパワフルかつエグく、体力ではピークにあったと思います。

ストロング小林については今シリーズも外国人に一本勝ちしたのはボルコフに1度だけ。対戦のなかったバックランドの他にはあっさりフォール負けしています。第3試合に出場するなど試合順でもアンダーカードが多く、ファンをガッカリさせました。年間の総括は改めて書きます。

全日本プロレスとの興行戦争ですが、以前書きましたように、新日本プロレスは79年は年間6シリーズ、全日本プロレスは年間8シリーズ開催でバッティングしていない時期があります。

新日本プロレス「ブラディ・ファイト・シリーズ」が閉幕した10月4日の翌日10月5日から横浜文化体育館で「ジャイアント・シリーズ」が開幕。

アブドーラ・ザ・ブッチャー、レイ・キャンディ、クラッシャー・ブラックウェル、ドン・ムラコ、ビッグ・レッド、ビッグ・バッド・オーの外国人レスラーが全戦参加。

終盤2週間には第54代NWA世界ヘビー級王者ハーリー・レイスが特別参加。

また、外国人ヒールサイドとして大木金太郎が開幕戦を除いて全戦参加。なぜ開幕戦に出なかったかというと大木は同日、後楽園ホールで行われた国際プロレスの特別興行「世界3大タイトルマッチ」に出場、上田馬之助とタッグを組んで、マイティ井上&アニマル浜口組のIWA世界タッグ王座に挑戦しています。

日本勢は2度目のアメリカ武者修行から凱旋帰国の天龍源一郎がシリーズ参戦。天龍がアメリカ修行をしている間に国内では敵陣にいたキム・ドク改めタイガー戸口が全日本プロレスに入団、「第3の男」のポジションにおり、天龍との関係や序列などはどうなるのか?(この項続く)。
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