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2023年02月27日20:21

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週プロ流智美あの日あの時予想2021年総括(50)

第216戦、12月15日発売号●【予想】猪木、MSG初登場、vsフランク・モンティ(75年ニューヨークMSG)【正解】日本のプロレス史を変えた激震の半世紀前、猪木日本プロレス追放事件(71年)

この日も出来事が実に多く、他にも力道山死去(63年)、猪木、初のブラジル遠征でアンドレ・ザ・ジャイアントとNWF防衛戦(74年新日本プロレスブラジル・サンパウロ・コリンチャンスタジアム)、世界オープン・タッグ選手権最終戦、ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組vsアブドーラ・ザ・ブッチャー&ザ・シーク組(77年全日本プロレス蔵前国技館)、第1回世界最強タッグ決定リーグ戦最終戦、馬場&鶴田組vsザ・ファンクス(78年全日本プロレス札幌中島スポーツセンター)等、どれでも1本のコラムを書くには十分過ぎるネタが満載の日でしたが、歴史に残る猪木のMSG初登場を予想しました。

【予想解説】75年「闘魂シリーズ第2弾」最終戦、12月11日、蔵前国技館でのビル・ロビンソン戦で1−1から時間切れ引き分けでNWF世界ヘビー級王座2度目の防衛を果たした猪木は疲れを癒す暇もなくニューヨークへ出発。

12月15日にはMSG定期戦に初出場、猪木の対戦相手は当初、米IWAからWWWF入りしたアーニー・ラッドと発表されていましたが、ラッドが負傷の為棄権したとされています。ラッドであれば、前74年にオハイオ州クリーブランドと札幌でNWF世界ヘビー級王座を巡って死闘を展開した相手であり好試合が期待されましたが、ラッドはトップヒールでありゲスト出場の猪木に簡単に負けさせる訳にはいかなかったのでしょう。

未来日のフランク・モンティ(日本プロレスに来日したゲーリー・モンティと同一人物説もあるが別人)を8分43秒、バックドロップからの体固めでフォール勝ち。MSG初戦を勝利で飾りました。

【正解解説】これまでも本連載で何回かに亘って出てくる猪木の日本プロレス除名・追放処分事件ですが、本コラムでは処分を受けた2日後の12月15日、都内で猪木が参謀である木村昭政と共に「濡れ衣を着せられた!」と反論会見を行った時の模様を採り上げています。

猪木は日本プロレスの芳の里淳三社長、遠藤幸吉取締役らいわゆる「ダラ幹」達を追放し、プロレスラーが潤う会社にしようと会社改革を訴え、馬場を初めレスラー達の同意を取り付けていたものの、幹部達を追い出した後は野心家の猪木が会社の実験を握ると危惧した馬場が態度を翻し、上田馬之助が猪木の計画を芳の里社長に話したことから猪木の描く絵は頓挫、一転して「会社乗っ取りを企てたクーデター犯」として日本プロレスを放り出されてしまいました。

参謀の木村氏は元警察官の経歴を持つ日本プロレスの興行を買っていたプロモーターで猪木後援会の会長、会計士の資格を持っていたところから、経理には明るく、猪木の代理人として11月下旬頃から会社の帳簿を持ち出していたと言われています。

馬場や上田が猪木寄りである第三者の木村氏の存在を快く思う訳もなく、木村氏を猪木が入れた段階でもはやアウトだったと言わざるを得ません。

日本プロレスを追われフリーとなった猪木はプロレスラーを継続するには国際プロレスのリングに上がるしかありませんでしたが、吉原功社長は「猪木には合同興行(67年1月の東京プロレス、国際プロレス合同興行の新春パイオニア・シリーズ)で煮え湯を飲まされる思いをした。絶対にウチでは使わない」とマスコミの取材に答えているところから先ず消えました。

専門誌の「ゴング」、「月刊プロレス&ボクシング」ではフリーとして海外に活路を見出すのでは?と書かれましたが、72年の年明け早々には新会社新日本プロレスの登記を済ませ、独立宣言、道場開きまで1か月足らずでやってしまうということは会計士の資格を持つ木村氏がいればこその早業ですが、会社改革が頓挫したあたりから準備をしていたかと思います。

※対戦成績は216戦40勝176敗、勝率185。
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