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2023年02月16日22:42

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週プロ流智美あの日あの時予想2021年総括(39)

第205戦、9月29日発売号●【予想】馬場、反撃の狼煙を上げる「猪木も参加しろ」オープン選手権開催発表(75年全日本プロレス銀座東急ホテル)【正解】”BI”が同時にデビューした61年前の意外な背景 馬場正平(vs田中米太郎)、猪木完至(vs大木金太郎)同日デビュー戦(60年9月30日日本プロレス台東体育館)

【予想解説】馬場と全日本プロレスは前74年、猪木にマスコミを使って「馬場さん、挑戦を受けろ!実力日本一を決めよう!」と派手に挑発され続けた一連の日本選手権関連の問題に関して「猪木がNWAのメンバーでなければ闘えない」と無視を決め込んでいましたが、この年8月のNWA総会で猪木が条件付きながらNWAのメンバーになったこともあり、その論法がもはや通用しなくなったことから作成を変えて74年に猪木に受けた屈辱を晴らすべく反転攻勢に出ました。

そして9月29日、午後3時から全日本プロレスは東京・銀座東急ホテルで記者会見を行い、馬場代表が「全日本プロレスオープン選手権大会」の開催についての声明文を読み上げ、日本の他団体にも参戦を呼び掛けました。

以下、10月1日付(9月30日発行)の「東京スポーツ」から馬場の声明文を引用してみたいと思います。

「全日本プロレス・オープン選手権大会開催に際して」 
 
新しい希望に燃えて一致団結、我々が全日本プロレスを創設してからすでに満三年になりました。

思い起こせば創設にあたっては我が国のプロレスの開祖である故力道山先生のご遺族から全面的協力をいただき先生ゆかりのチャンピオンベルトの寄贈を受けてPWFヘビー級選手権を設立、さらにその後世界最大のプロレス統轄組織NWAへの加盟、旧日本プロレス選手団との合流、世界最高峰NWA世界ヘビー級選手権の獲得など、発展の一途をたどりましたことは、ひとえに皆々様から寄せられました御支援、御指導、御鞭撻の賜物であると厚く感謝する次第です。
 
激動する世の中、プロレス事業もまた多事多難ではありますが、我々は、力道山先生の遺志を体しつつ日本プロレス界のリーダーとして自覚を固め、その責任の大きさを痛感して一層の努力を誓っております。

時あたかもNWA本部では、アメリカ合衆国建国200年を迎えるにあたり組織の権威発揚のため、各メンバー占有地域において記念事業を企画開催することが決定いたしました。

また本年12月15日は恩師力道山先生の十三回忌にあたるに鑑み、その正当なる後継者として私ジャイアント馬場は、本年こそ世界プロレス史を飾る最大の記念行事を開催するに、まさに有意義な年であると判断致しました。

この千載一遇の好機をとらえ、私のプロレス生涯における最初にして最大の行事「全日本プロレスオープン選手権大会」はNWA本部主催、管轄のもと、PWF並びに全日本プロレスが主管、実施するものとし、外へはNWA有力メンバーの協力を得て各地域を代表する強力レスラーの派遣を要請し、内には、オープン選手権大会の主旨を尊重しNWAの認可を得て、その傘下団体のみならず、広く門戸を開放し、各団体から代表主力参加選手の参加を求め広く対戦する機会を提供するものであります。

申すまでもなく、このオープン選手権大会は、選び抜かれた者が正々堂々と持てる技倆で覇を競う場であります。追って私は各方面関係者にご協力を願い、本大会開催準備委員会を発足させ、大会の年内実現に向かって邁進する覚悟であります。

ファン各位、関係各方面の御協力、御支援を重ねてお願いする次第であります。

昭和50年9月29日
全日本プロレスリング株式会社 ジャイアント馬場(原文ママ)

馬場のコメント「この企画は私の最初にして最後の大行事。皆さんの協力なしでは実現できない話だから、各界からのバックアップをお願いしているわけです。新日本プロレス、国際プロレスに対しては、この発表によって参加を呼び掛けたものと受け取ってください。」

質疑応答で「これはアントニオ猪木選手にも参加しろということで宜しいですか?」という質問がありましたが、馬場は「そういうことです。」と一言返しました。

アントニオ猪木、新日本プロレス社長のコメント
「プランニングとしては賛成だ。筋としては私が前から言っていた事で異論はない。しかしこの発表の限りでは具体的なものが何もないので、今のところ趣旨には賛同としか言いようがない。具体的な話があれば、参加するという方向で検討してもいい。」

吉原功、国際プロレス社長のコメント
「思い切ったプランニングで、趣旨は大変結構な事だと思う。ウチはこうしたプランには以前から進めてきた話だし、反対する理由は何一つない。ただ具体的なものがないのだから、ウチの選手が参加するかどうかは即答できない。」

10月3日、全日本プロレスは六本木の事務所で記者会見を行いました。この日、オープン選手権開催準備委員を発表。あわせて準備委員会の事務局を全日本プロレス事務所に置く事も発表されました。

オープン選手権大会開催準備委員長谷川淳三(NWA委員)、八田一朗(日本アマレス協会会長)、高橋典義(東京スポーツ新聞社事業局長)、田鶴浜弘(プロレス評論家)、百田義浩(百田家ならびに全日本プロレス代表)オープン選手権開催準備事務局長米沢良蔵(全日本プロレス渉外部長)。

前の年まで猪木、新日本プロレス側におり「猪木vs大木金太郎、猪木vsストロング小林戦の勝者と馬場は対戦すべき」と馬場に出した日本プロレスOBに名を連ねていた芳の里日本日本プロレス社長(残務整理中)が馬場の側についたことが明らかになりました。

【正解解説】前年2020年はBIデビュー60周年記念イヤー、かつ同日デビュー日である9月30日は水曜日の週プロ発売日にあたり、私は平成に入ってからの出来事にはなりますが90年9月30日のBIデビュー30周年記念試合、猪木&タイガー・ジェット・シン組vsビッグバン・ベイダー&アニマル浜口組(新日本プロレス横浜アリーナ)、馬場&アブドーラ・ザ・ブッチャー組vsアンドレ・ザ・ジャイアント&スタン・ハンセン組(全日本プロレス後楽園ホール)を予想しました。

しかし、この回はBIデビューに関するネタではなく猪木vs大木金太郎戦調印式での豊登の名奉行ぶり(74年新日本プロレス新宿・京王プラザホテル)を採り上げており、デビュー61周年にBIデビュー戦を持ってきました。

流さん、随分とあまのじゃくだなぁ、と思っていましたが何のことはない、この日2021年9月29日ご自身が監修されている「アントニオ猪木デビュー60周年記念Blu-ray BOX」がTCエンタテイメントから発売されるので、その宣伝も兼ねたコラムでした。

BIがデビューしたこの日の台東体育館のメインイベントは力道山のアジア・ヘビー級王座にリッキー・ワルドーが挑戦、1−1から時間切れ引き分けに終わっていますが、猪木の試合は第5試合、馬場の試合は第6試合に組まれており、2人はデビューの時から既に別格であったことがわかります。

猪木は「17歳で入門して、半年位で私は(道場でのスパーリングで)ほとんどの先輩に勝つことが出来るようになっていた。力道山先生は私のデビュー戦にはガチンコに強い大木さんを当てて、馬場さんのデビュー戦には道場で一番弱かった田中さんを当てた」と語っています。

猪木は大木に7分6秒、逆腕固めで破り、馬場は田中を5分15秒、股裂きでギブアップさせて快勝。そこから「馬場はエリート、猪木は雑草」という図式になっていきますが実際には馬場も猪木も超エリートだったことは間違いないところでしょう。

22歳で元プロ野球読売巨人軍投手からプロレスに「転向」したキャリア組の馬場と、ブラジルでの陸上競技での実績はありましたが、17歳の未成年で「入門」したノンキャリアの猪木との差でしょう。

その差が猪木に馬場に対するジェラシーを植え付け、馬場に追いつけ、追い越せで日本、世界を代表するスーパースターになったのですから力道山の育成方針は間違ってはいなかったと言えます。

※対戦成績は205戦38勝167敗、勝率185。 
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