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2023年01月14日22:12

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週プロ流智美あの日あの時予想2021年総括(6)

第172戦、2月10日発売号●【予想】馬場、アブドーラ・ザ・ブッチャー破りPWFヘビー級王座を奪回(79年イリノイ州シカゴ・インターナショナルアンフィシアター)【正解】吉田光雄(長州力)凱旋帰国(77年新日本プロレス日本武道館)【参考】2016年2月10日発売号は、デビット・フォン・エリック日本で急死(84年全日本プロレス高輪東武ホテル)

【予想解説】馬場は前78年6月1日、秋田市立体育館で国際プロレスから移籍してきたばかりのキラー・トーア・カマタに不覚の反則負けを喫し、39度目の防衛に失敗、PWFヘビー級王座から転落してしまいます。

同王座は11日後の6月12日、愛知県一宮市産業体育館でカマタからビル・ロビンソンに移動、10月18日、宇都宮・栃木県体育館でブッチャーがロビンソン破り王座獲得。初代王者だった馬場は5年3か月という長期政権でしたが、ベルトがカマタに移ってからはコロコロと王者が変わりました。

全日本プロレスの看板タイトルであるPWFヘビー級王座が宿敵ブッチャーに移ったことで馬場の闘志に火が着いたか、11月7日、東大阪市中央体育館で馬場はブッチャーに挑戦しましたが1−1から両者リングアウトで逃げられ、王座奪回に失敗、シングル無冠のまま屈辱の越年となりました。

年が開けて79年、「新春ジャイアント・シリーズ」が1月29日、大阪府立体育会館で閉幕すると馬場、鶴田はアメリカ遠征に出発。

2月10日イリノイ州シカゴ・インターナショナル・アンフィシアター(観衆12,500人超満員発表、日本テレビ収録)で馬場がブッチャーのPWFヘビー王座に再挑戦。試合は 60分3本勝負。

試合はスタートから凄まじい流血戦となり1本目は8分52秒、脳天チョップ、16文キックからロープに振ってランニング・ネックブリーカードロップでからの体固めで馬場が先制のフォール。

2本目はブッチャーが馬場をヘッドバットで倒し、ジャンピング・エルボードロップを決め3分6秒体固め、決勝の3本目、馬場にエルボードロップを決めたブッチャーは、もう一発決めようとロープに下がったところで出血多量のダメージからかバランスを崩し場外転落。エプロンに上がったところへ馬場はタックル。ブッチャーは再び場外に落ちカウント10が入り7分11秒、リングアウトで馬場が2−1のスコアで勝ち、8か月ぶりにタイトルを奪回し。第5代王者に返り咲きました。

【正解解説】専修大学レスリング部主将、ミュンヘン五輪アマレス韓国(国籍問題で日本代表になれず)代表だった吉田光雄は専大卒業後の73年12月6日、新日本プロレスへの入団を発表。

新日本プロレスにとっては初の「キャリア組採用」であり、1年前に全日本プロレスに入団したジャンボ鶴田とは何かと比較されていました。

74年8月8日、日大講堂でのエル・グレコ(後に新日本プロレスに来日するメキシコのオカマレスラーとは別人)を相手にデビュー戦を行い、5分24秒、サソリ固めでギブアップ勝ちした後、西ドイツ、カナダに海外武者修行に出発。

西ドイツではローラン・ボック、ミル・マスカラスらと対戦、カナダでは国際プロレスより修行に来ていた八木宏(剛竜馬)とタッグを組んで活躍し、この日2年8か月ぶりに凱旋帰国。

日本武道館大会当日に羽田空港に到着した吉田は白のスーツ上下を着用して会場入りし、観衆に挨拶した後、メインイベントの猪木vsタイガー・ジェット・シンのNWFヘビー級選手権試合で猪木のセコンドに着きました。

この日の猪木とシンのNWF王座戦は2015年2月10日発売号(2月11日水曜日が祝日で10日発売)で採り上げられていました。

流さんの記事によると、帰国当日の吉田の会場入りは山本小鉄からの命令であったことと、吉田は午後便で帰国しましたが、もし、午前中の便で帰国していたら、サプライズで試合に出すプランも用意されていたということでした。

※対戦成績は172戦34勝138敗、勝率198。
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