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2022年12月28日23:05

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ストロング小林さん追悼(356)

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78年新日本プロレス「ビッグ・ファイト・シリーズ」最終戦、3月30日、蔵前国技館(テレビ収録、観衆9,500人発表)大会。私はこの興行は観に行きました。前々回(352)で書いた3月26日、新宿・京王プラザホテルで開催された次期「MSGシリーズ」の公開抽選会に行った時に、来場者に招待券が配られました。

このあたりは新日本プロレスは太っ腹で、2月8日の日本武道館大会に続いての招待券は当時中学校2年生から3年生に上がろうとしていた身としては本当に有り難かったです。

メインイベントは猪木にマスクド・スーパースターのNWFヘビー級選手権試合、試合は61分1本勝負。新日本プロレスではこの大会からタイトルマッチを「61分」という試合時間にしています。

テレビ解説の桜井康雄氏は、「ハワイのルール」とい言っていましたが、実際には54年2月19日、蔵前国技館で行われた日本プロレス初の国際試合、力道山&木村政彦組vsベン&マイクのシャープ兄弟のノンタイトル戦が61分3本勝負で行われており、日本プロレス、国際プロレス、全日本プロレスでもタイトルマッチは61分で行われていました。(全日本プロレスは73年4月〜75年1月位まで)

61分の根源は諸説ありますが、タイトルマッチで60分時間切れ引き分けになった時には「後1分あれば勝てた」とアピールする選手が多かった、ということと、通常のノンタイトル戦に1分を加えて、タイトル戦に格式を持たせる、ということのいずれかだと言うことです。

試合は24分58秒という白熱した好試合となり、卍固めで猪木がギブアップ勝ち、13度目の防衛に成功しました。

セミファイナルに行われる予定だった藤波とカネックの日本初のWWWFジュニア・ヘビー級選手権試合ですが、試合前に新間寿と藤波がリングに上がり、新間が「カネックが会場入りしておらず、敵前逃亡をした。よって代わりに藤波選手とイワン・コロフ選手によるシングルマッチ(ノンタイトル)60分1本勝負を行います。」と観客に説明、場内の観客は騒然となりました。

藤波は「申し訳ありません。(WWWFジュニアの)ベルトは返上します!」と言うと、観客からは「藤波は悪くないぞ、ベルト返上なんかしなくていいぞ!」という同情の声が上がりました。

藤波は何かあると前後を考えずに「ベルトを返上する」と言いたがる癖がありますが、既にこの時から…。

この騒動を誤魔化すかのように3週間後の4月21日、所も同じ蔵前国技館で藤波と「MSGシリーズ」予選トーナメント1回戦で対戦する上田馬之助がリングに入ってきて藤波に襲かかり、藤波も応戦、そのタイミングでこの日、既に1試合を終えましたが、代打を頼まれたコロフが入場してきて、上田はコロフにも手を出しましたが、役割は終えたとばかり通路から逃走。

藤波vsコロフ戦のゴングが鳴りました。前日の富士大会に次いで同一カードが組まれています。藤波は速攻を仕掛け、コロフをフルネルソンに捕らえると一気にドラゴン・スープレックスホールド(飛龍原爆固め)。コロフの後頭部がきちんと受け身が取れていない状況でマットにのめり込むように落ちてしまい、危険とみなしたミスター高橋レフェリーはカウントを数えず、コロフが戦闘不能と判断して試合終了のゴングを要請、僅か2分25秒、藤波の勝利が宣せられました。

カネック敵前逃亡についてもこれまた諸説あり、当時は藤波のドラゴン・スープレックスに恐れをなしてノイローゼとなっており、会場入りせず逃げたとされていましたが、時間が経つにつれて色々な情報が交錯しましたが、纏めると以下の通りではないかと思います。

カネックはスペイン語しか話せず、他の外国人の中ではスペイン語を話せるのはプエルトリカンのロベルト・ソトだけで、ソト以外とはコミュニケーションが取れておらず。

また、来日外国人メンバーの中で、ロン・スターは素行の悪さでは有名で、カネックを虐めていた。3月28日、古河大会の夜、前日の27日、深谷大会で膝の負傷から復帰したものの、再び怪我の悪化で古賀大会を欠場(代わりにMスーパースターのマネージャーとして来日していたグレート・マレンコが試合に出てストロング小林と対戦)したカネックに対しスターがその日の夜、新宿・京王プラザホテルの部屋で暴行を加えたとの証言もあります。

シリーズの途中で藤波とカネックのWWWFジュニア・ヘビー級選手権試合をマスカラ・コントラ・カベジェラ(敗者覆面剝ぎ髪切りマッチ)に一方的に決められた。「藤波に負けてマスクを脱ぐよう言われたが、当初の契約にはなかった話」と後にカネックは語っています。

膝の負傷はギミックではなく本当で、現場責任者だった山本小鉄にその旨を伝えたが、スペイン語しか話せず十分な理解が得られなかった。

などが重なり、カネックは日本で知り合った彼女の助けを借りて誘導してもらい、最終戦当日に京王プラザホテルを抜けて羽田空港から1人メキシコヘ帰国した、というものです。

ですから、「別冊ゴング」78年5月号に掲載されたこの事件の記事で、夜遅くカネックが京王プラザホテルに戻ってきてオイオイと泣いて、ソトが「この、レスラーの面汚しがっ!」と罵りながら平手打ちを浴びせた、という話と辻褄が合わなくなります。これは捏造記事の可能性が高いですね。

S小林はセミ前に出場、星野勘太郎とシングルマッチ30分1本勝負で対戦、8分24秒、カナディアン・バックブリーカーでギブアップ勝ち。最終戦を白星で飾りました。

セミファイナルで藤波のドラゴン・スープレックスにKOされたコロフですが、既に1試合を行っています。マスクド・カナディアンと組んで長州力&永源遙組と対戦、10分42秒、コロフがカナディアン・バックブリーカーで永源をギブアップさせています。

木村健吾とロン・スターのシングルマッチが組まれ、11分36秒、回転エビ固めで木村健の勝利。後の80年に両者はNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座を賭けて対戦することになりますが、スタークラスの外国人レスラーに勝ったことで、会社から海外武者修行OKのお墨付きが出たようです。

藤原喜明とロベルト・ソトは6分21秒、体固めで藤原が勝ちました。木戸修&佐山サトル組とバッファロー・アレン&小林邦昭組のタッグマッチは14分25秒、エビ固めで木戸が小林邦を降しました。

※観戦チケットをアップ致しました。
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