「炎の飛龍」藤波辰巳凱旋帰国、78年「ビッグ・ファイト・シリーズ」は3月3日、群馬県高崎市体育館で開幕。
マスクド・スーパースター、イワン・コロフ、カネック、マスクド・カナディアン、ロン・スター、ロベルト・ソトの外国人選手が参加、またMスーパースターのマネージャーとしてグレート・マレンコが来日。
エース格の「流星仮面」Mスーパースターはマスクマンに変身後は前77年3月の「第4回ワールド・リーグ戦」以来1年ぶりの再来日。前回は直前不参加やジョニー・パワーズの途中棄権などスケールは小さかったものの、リーグ戦10戦全勝。リーグ戦本番では坂口征二、吉田光雄(長州力)にフォール勝ち、パワーズには不戦勝。
また、公式戦以外でも3月11日、愛知県体育館でタッグマッチながら猪木からフライング・ネックブリーカードロップで1フォールを奪うなど大活躍を見せました。
3月31日、蔵前国技館での優勝決定戦で坂口の逆エビ固めにギブアップ負けしリーグ戦準優勝となりましたが、ボロ・モンゴル時代とは別人のような活躍ぶり。マスクを脱げはブルーの瞳でハンサムな顔立ちで、日本では受けるのは難しかったでしょうから、マスクマンに変身したのは大成功だったと思います。
「第4回ワールド・リーグ戦」はストロング小林は左肘亜脱臼により欠場しており、Mスーパースターに変身後は初対決となります。
「ロシアの怪豪」コロフは76年11〜12月の「闘魂シリーズ第2弾」以来1年3カ月ぶりの来日、前回の来日では12月2日、大阪府立体育会館で猪木のNWFヘビー級王座に挑戦、アルゼンチン・バックブリーカーで猪木を苦しめましたが、大逆転の逆さ押さえ込みにフォール負けし、ベルトを取りそこねましたが「コロフ強し」を印象づけました。
77年にはWWF地区を離れフロリダ地区で活躍、前回、猪木をあれだけ苦しめたにも関わらずエース扱いでなかったのは後述致します。
初来日、藤波のライバル、「仮面の魔豹」カネック。新日本プロレスからのリリースではエル・カネックとなっており、テレビ中継でもそう呼ばれていてこちらの方が馴染みがいいですが、本連載では「カネック」で統一したいと思います。
本名プリンシぺ・エストラーダ、1952年(生年は54年説もあり)6月19日 メキシコ・タバスコ州フロンテーラ出身の当時25歳。マスクのデザインは、マヤ、アステカなどメキシコ古代文明の文様をモチーフとしています。
リングネームの「カネック」は、スペインによる支配に反乱を起こしたマヤ系インディオの指導者ハシント・カネック(Jacinto にあやかったものでカネックは固有名詞であるため、スペイン語圏であるメキシコのリングネーム表記は定冠詞の「エル」が付かないのが正しいとされています。当時のプロレス専門誌(紙)ではカネックはスペイン語で「ならず者」の意と紹介されましたが誤りでした。
ミル・マスカラス最大のライバルともいわれ。一族もルチャドール、弟はプリンシペ・マヤ、後に誕生する実子がカネック・ジュニア。
ボディビルで体を鍛えた後、71年に「青い王子」を意味するプリンシペ・アズールのリングネームでデビューするも売れず、73年3月24日、カネックのリングネームで再デビュー、エル・トレオでトニー・サラサルと組んでエル・コンドル&エル・リンセ組と対戦、一方で新日本プロレスにも馴染みが深かった中国系メキシコ人レスラーのハン・リージムでトレーニングを積みました。
75年1月29日、新団体プロモシネオス・モラ(後のUWA)の旗揚げ興行に出場、セミファイナルの6人タッグマッチでドリー・ディクソン&スニー・ワー・クラウドと組み、マスカラス&エル・ソリタリオ&レイ・メンドーサ組のテクニコトリオと対戦。以降UWAを主戦場に活躍。
同年11月23日、モンテレイでクラウドとマスカラ・コントラ・カベジェラ(敗者覆面剝ぎ&髪切りマッチ)を行い勝利を収めました。
76年12月17日にホセ・トーレス(後のスペル・マキナ、81年の第2回MSGタッグ・リーグ戦でタッグを組んで来日)から北部ヘビー級王座を奪取、ルチャドール人生初戴冠を果たしました。
77年、ノースカロライナからメキシコ入りした藤波(リング・フヒナミ)とライバル関係になり、両者の抗争が日本のプロレスマスコミ(主に月刊プロレス)のグラビアに掲載され、日本のファンにその存在が知られるようになりました。
この年には3月27日、ルーベン・ファーレス(73年日本プロレスに来日、吉村道明後引退試合の相手を務めた)とマスカラ・コントラ・カベジェラで対戦し勝利。9月25日にはビジャエルモサで初代UWA世界ヘビー級王者となった鉄人ルー・テーズに挑戦しています。
来日直前の78年1月15日にはエル・トレオでドクトル・ワグナーを破りナショナル王座を獲得、2月19日にはシウダーフアレスでドスカラスを降して初防衛に成功しています。
両者の躍動感溢れる対決は誌面を通しても伝わり、カネック来日待望論が日本でも湧き上がり、ちょうどいいタイミングでの初来日となりました。猪木、S小林とも初対決となります。(この項続く)
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