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2022年12月07日21:00

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ストロング小林さん追悼(335)

77年12月17日午後1時30分から東京・銀座キャピタルホテルで、東京スポーツ新聞社制定77年度のプロレス大賞の選考会が開催され、同年度のプロレス大賞が決定しました。

最優秀選手賞(MVP)猪木が2年連続3度目の受賞、vsザ・モンスターマン、チャック・ウェップナーといった一連の「格闘技世界一決定戦」を勝ち抜いた事、また試合内容も優れていたことを評価され、全員一致で猪木が受賞に輝きました。

年間最高試合賞(ベストバウト)は全日本プロレス8月25日、田園コロシアムでのUNヘビー級選手権試合、鶴田vsミル・マスカラスが受賞、鶴田は前76年3月28日、蔵前国技館でのラッシャー木村との試練の十番勝負第2戦に次いで2年連続受賞となっています。

他にノミネートされたのはハーリー・レイスvs鶴田のNWA世界ヘビー級選手権試合(全日本プロレス6月11日、世田谷区立総合体育館)、猪木対モンスターマン新日本プロレス8月2日、日本武道館)、猪木対ウェップナー(新日本プロレス10月25日、日本武道館)。猪木の2試合は純然たるプロレスの試合ではなく、異種格闘技戦だったこともあり、最終的には鶴田vsマスカラスの「雨中の田コロ決戦」が受賞。

入場テーマ曲「スカイハイ」の採用で71年2月の日本プロレスへの初来日以来のブームを起こしたマスカラスの影響力も大きかったと思います。

最高殊勲選手賞(準MVP)は国際プロレスのエース、R木村が初受賞。IWA世界ヘビー級王座年間7度の防衛、3年半ぶりに復活した「第6回IWAワールド・シリーズ」全勝優勝と全日本プロレスとの全軍対抗戦で鶴田からフォール勝ちを奪った事が評価され初受賞。

最高タッグチーム賞は受賞チームなし。馬場&鶴田組(全日本プロレス)、坂口征二&ストロング小林組(新日本プロレス)、マイティ井上&アニマル浜口組(国際プロレス)、グレート小鹿&大熊元司組(全日本プロレス)の4チームがノミネート。

しかし、馬場&鶴田組はインターナショナル・タッグ王座から転落、この時点ではタッグ無冠、年末の「世界オープン・タッグ選手権」にも優勝出来ず。

坂口&S小林組は選考会の時点では北米タッグ王者チームでしたが、2月2日、大阪府立体育会館でタイガー・ジェット・シン&上田馬之助組にS小林が左肘を脱臼させられて失神、試合放棄で内容的に惨敗を喫して一度はベルトを奪われ、7月28日、福岡九電記念体育館で奪回に成功するも、その2週間前の7月15日には札幌中島スポーツセンターで、坂口がシン&上田組のスパナ攻撃の前に失神、試合放棄で敗れ新日本版アジア・タッグ王座から転落。年間を通しての評価となると、安定さを欠きました。

井上&浜口組、小鹿&大熊組はアジア・タッグ王座を巡る一連の対抗戦、あるいは小鹿&大熊組は高千穂明久&サムソン・クツワダ組、天龍源一郎&ロッキー羽田組との同門対決でノミネートされましたが、いずれのチームも1年を通して最高タッグチームとするには物足りないとの意見が占め受賞チームなしとなりました。

90年代以降の感覚であればドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組のザ・ファンクスが受賞していたことでしょう。

殊勲賞は全日本プロレスからアジア・タッグ王座を奪って2度の防衛を果たした井上&浜口組(国際プロレス)が受賞。敢闘賞は第4回ワールド・リーグ戦に優勝、2連覇を果たし、柔道ジャケットマッチでバッファロー・アレンを破った坂口(新日本プロレス)が受賞。技能賞は年間を通して安定した実力を発揮した星野勘太郎(新日本プロレス)が受賞。

大衆賞として前76年大相撲の元幕内力士から全日本プロレスに入団し、この年日本デビューを飾った天龍が世間の注目を集め、新しいファンを動員したとして受賞。

3団体から1名ずつ選ばれる努力賞は羽田、(全日本プロレス)長州力、(新日本プロレス)、鶴見五郎(国際プロレス)がそれぞれ受賞。 

さらに最高特別大賞として本年度日本プロレス界の最大の収穫ともいえる「世界オープン・タッグ選手権」の企画・開催を評価され、馬場が受賞しています。これは選手としてよりプロモーターとしての色合いが強く、主催者である東スポが馬場と猪木のパワーバランスに配慮していた感がありありと伺えます。

S小林は前76年は坂口と組んで最優秀タッグチーム賞を受賞しましたが、この年は受賞なし。夏の「アジア・チャンピオン・シリーズ」では7月21日、仙台・宮城県スポーツセンターでシンのアジア・ヘビー級王座に挑戦、反則負けながら日頃の鬱憤を晴らすような会心の大暴れをし、翌週、福岡での北米タッグ選手権試合ではシンからバックドロップで1フォール奪うなど活躍を見せましたが左肘の負傷で「第4回ワールド・リーグ戦」は全休を余儀なくされるなど活躍は限定的でした。

凱旋帰国した長州(吉田光雄)にポジションを奪われることはまだありませんでしたが、年間を通せばプラマイゼロ、もしくは若干マイナス面が多かった77年でした。 
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