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2022年10月07日07:29

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ストロング小林さん追悼(274)

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ストロング小林欠場の77年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」第27戦は2月8日、福島県郡山市セントラルホール(観衆3,000人満員発表)大会。

メインイベントは猪木&木戸修組がスタン・ハンセン&ピート・ロバーツ組と対戦。1本目は12分18秒、木戸がPロバーツを逆さ押さえ込み、2本目は4分19秒、猪木がPロバーツを体固めで破り2−0で猪木&木戸組がストレート勝ちを収めました。

セミファイナルは坂口征二とタイガー・ジェット・シンのシングルマッチ45分1本勝負で、12分7秒、坂口の反則勝ちとなりました。ブルータス・ムルンバは小沢正志(キラー・カーン)を10分42秒、体固めで降しています。小沢も海外武者修行の成果を見せるにはムルンバには勝ってもよかったのではないかと思います。

第28戦、2月9日、横浜文化体育館(観衆3,000人発表)大会。メインイベントは猪木がハンセンと今シリーズ5度目のシングルマッチ60分1本勝負で対戦、9分58秒、逆さ押さえ込みで猪木が10分足らずでフォール勝ち。

猪木とハンセンは今シリーズ5回シングルで対戦し猪木の2反則勝ち3勝でした。ただし、終盤2回のノーテレビ大会では丸め込み、いわゆる「クイック」による勝ちであり、前回も書きましたが、ハンセンを猪木のライバルとして育成していこうとする姿勢が見られます。

セミファイナルは坂口&星野組とシン&ムルンバ組の45分3本勝負。1本目は16分49秒、日本組の反則勝ち、2本目は1分43秒、坂口がムルンバを逆エビ固めでギブアップさせて坂口&星野組が2−0でストレート勝ちを飾りました。

Pロバーツは木村たかし(聖裔、健吾)を12分5秒、体固めで撃破。

この日、新日本プロレス旗揚げメンバーである柴田勝久が小沢正志(キラー・カーン)とシングルマッチで対戦し11分42秒、体固めで勝っていますが、これが現役としての最後の試合となりました。翌2月10日、日本武道館大会でレフェリーデビューを果たし、特に引退宣言もなく、引退試合も行うことなく現役生活をひっそりと終えています。

柴田は猪木と同じ43年の12月4日、三重県生まれ。引退後は主に前座、中堅どころのレフェリーとして活躍、長男の勝頼(79年11月17日生まれ)が新日本プロレスに入門。22年後の99年6月25日、後楽園ホールでレフェリーとして引退興行を行っており、当時デビュー前だった勝頼(この年の10月10日デビュー)をボディスラムで投げて大喝采を浴びました。2010年1月16日の朝、「ゴミを出しに行った」後心臓発作を起こして66歳で急死しています。

シリーズ最終戦2月10日、日本武道館(テレビ収録、観衆11,500人発表)大会。私はこの興行は生観戦しています。

満員にはなりませんでしたが2階席の全方位の後方をパーティションで仕切っていたものの、アリーナ、1階、2階の観客席はほぼ埋め尽くされており、上田馬之助のヒール人気で新日本プロレスは人気を盛り返したのははっきりとわかりました。

この大会は史上初となった場外フェンスが設置されています。猪木がシンと、坂口が上田と完全決着をつける為に決まったもので、後の80年6月の「サマー・ファイト・シリーズ」から設置されたフェンスアウトルールありきでのスチール製のものとは意味合いが異なりました。

この日のフェンスは木製で白いペンキで塗装されていました。

この日、2年8か月に及ぶカナダ、ヨーロッパでの海外武者修行から凱旋帰国した吉田光雄(長州力、当時26歳)が観客に挨拶。吉田は3月4日、群馬県高崎市体育館で開幕する「第4回ワールド・リーグ戦」から試合に参戦することになりました。

吉田は早速、白のスーツ姿のままメインイベントの猪木vsシンのNWFヘビー級選手権試合で猪木のセコンドについています。

メインの試合は開始早々、シンがカウンターの凶器攻撃で猪木から3カウントを奪いましたが、サブレフェリーが入って無効となり改めて試合再開。猪木はこの試合で試合では初となる延髄斬りの原型とも言うべき回し蹴りをシンのテンプルにヒットさせています。

アームブリーカーからシンの額を鉄柱に打ち付けて流血させてナックルの連打、22分55秒、レフェリーストップによる勝利で7度目の防衛に成功しました。(この項続く)

観戦チケットをアップしています。
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