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2022年06月18日05:51

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ストロング小林さん追悼(161)

ハリウッド・ブロンドスとの北米タッグ王座を賭けた死闘、アメリカ東部マット界の視察を終えた猪木は75年8月14日に帰国、8月19日には世田谷区野毛の新日本プロレス道場で8月22日、群馬県高崎市体育館から開幕する次期「闘魂シリーズ」に向けて調整の為の練習に入りましたが、ここで左膝に痛みを感じ始め、翌8月20日には、新日本プロレス入団を祝して新たに結成された「ストロング小林後援会」発足パーティーに出席するも、その夜に40℃という高熱に襲われてしまいました。

とりあえず猪木は応急処置として自宅近所の病院に駆け込んで強い麻酔注射を打ってもらい、翌朝には主治医である菊屋橋病院院長・佐藤三蔵氏の治療を受けると「左膝ウィルス性関節炎」(蜂窩織炎)との診断を受けました。

ウィルス性関節炎は、関節液や関節組織の感染症で、通常は細菌感染が原因というのが一般的で、ウイルスや真菌の感染によって起こることもあると言われており、8月1日ロサンゼルスでのハリウッド・ブロンドス戦で凶器攻撃を受けた際切り傷が出来て、そこから細菌が入り込んで膝関節に広がり、痛みや高熱を起こしていました。

凶器攻撃が直接的な原因ではなく、要因はリングマットに無数に付着しているウィルスによるものでした。

猪木は即入院となり、シリーズは欠場、「無事是名馬」の馬場とは違い、怪我による欠場も多かった猪木ですが、これほどの重傷による欠場はこの時が初めて.

「闘魂シリーズ」は、ジョニー・パワーズ(前半戦特別参加)、ジェリー・ブラウン&バディ・ロバーツのハリウッド・ブロンドス、ジャック・ルージョー&レイモンド・ルージョーのルージョー親子、マイク・サンドー、クレイトン・トムソンの外国人選手が参加。シリーズ最終戦、10月9日、蔵前国技館大会のみ猪木のNWF世界ヘビー級王座の初防衛戦の相手としてルー・テーズが特別参加。また、猪木vsテーズ戦の特別レフェリーとして50〜60年代前半、WWWF設立前のニューヨークを初めとしたアメリカ東部地区のトップスターだったアントニオ・ロッカの初来日も決まりました。

シリーズ中盤からは3月の韓国ツアーに参加した姜成英(南海山)、呉大均(呉均銭)、田任秀の3人が参加することになりました。姜と呉は72〜73年に国際プロレスに留学生として来日、田は初来日となります。

8月1日、ロサンゼルスでの猪木坂口征二組とハリウッド・ブロンドスによるタイトル戦でノーコンテストとなり、カリフォルニア州アスレチック・コミッショナー預かりとなっていた北米タッグ王座ですが、猪木&坂口は日本で、ブロンドスはロサンゼルスでの王座決定戦を主張していましたが、前王者である猪木&坂口の主張が通り、このシリーズ日本で王座決定戦が行われることになりました。しかし、肝心の猪木は欠場…。

全日本プロレスでは新日本プロレスに先駆け、8月16日、世田谷区立総合体育館から「サマー・アクション・シリーズ2」が開幕。このシリーズ8月19日、札幌中島スポーツセンター以外の大会場開催はなく、新日本プロレスとの興行戦争はなし。

9月26日、後楽園ホールで開幕の「創立3周年記念ジャイアント・シリーズ」では新日本プロレスの10月2日、大阪府立体育会館と10月12日、全日本プロレスの千里中央万博記念公園お祭り広場が10日間のニアミス、新日本プロレスのシリーズ最終戦10月9日、蔵前国技館と全日本プロレスの同じく最終戦10月30日、蔵前国技館が3週間のニアミスです。

8月22日、高崎市体育館(テレビ生中継、観衆3,300人満員発表)での開幕戦の大会前には坂口が副社長としてリング上で猪木欠場を正式に発表しています。ストロング小林との二枚看板で外国人勢を迎え撃つことになりました。S小林は新日本プロレス所属になって3シリーズ目で猪木長期欠場という試練を受けることになります。

当時はインターネットのない時代であり、ファンは「猪木、重傷により欠場」のニュースを開幕戦の「ワールドプロレスリング」で知ることになります。

開幕戦のメインイベントは坂口&星野勘太郎組とJブラウン&Bロバーツ組のハリウッド・ブロンドスが対戦。1本目は18分22秒、Jブラウンが星野を体固め、2本目は4分3秒、ブロンドスの反則勝ち、2−0のストレートでブロンドスが勝利。ブロンドスは前74年5月に北米タッグ王者チームとして来日したカール・フォン・ショッツ&クルト・フォン・ヘス組を思わせる無類の強さを発揮、国際プロレス時代とは別人のようなチームとなりました。

セミファイナルはS小林とパワーズが45分1本勝負で初対決、パワーズは前74年7月の「サマー・ファイト・シリーズ」以来1年1か月ぶり4度目の新日本プロレス参戦。パワーズは66年10月の東京プロレスに初来日していますが、S小林は東京プロレスの時はまだデビュー前であり、初対決。

パワーズが得意の足8の字固め(パワーズ・ロック)にS小林を捕らえましたがS小林はロープへ逃げてブレイク。レフェリーのブレイクの指示を無視して絞め上げた為に13分7秒、パワーズの反則負けとなりました。

セミ前の山本小鉄&永源遙組とジャック&レイモンドのルージョー親子の一戦。父ジャックは73年10月、「闘魂シリーズ第2弾」以来1年10か月ぶりの来日、元NWF世界ヘビー級王者でもある実力者。モントリオールでは兄ジョニーはプロモーターで活動、長男レイモンドと後にプロレス入りする次男ジャック・ジュニアことジミーもプロレスラーというレスラー一家。

レイモンドは55年生まれの当時20歳の新鋭で初来日。試合は14分40秒、小鉄がレイモンドをダイビング・ボディプレスから体固め。テレビ生中継はこの3試合。

この時点でまだ15歳の学生だったレイモンドの弟ジミーがジャック・ルージョー・ジュニア→ジャック・ルージョー、ザ・マウンティーなどのリングネームで兄のレイモンドとWWFスーパースターに出世することになります。

カール・ゴッチのブッキングで初来日のサンドーは1932年ベルギー出身。開幕戦では小沢正志(キラー・カーン)を7分17秒、片エビ固めで撃破。

トムソンもイギリス出身でゴッチのブッキングで来日、73年9月の「闘魂シリーズ」に「クレイトン・トンプソン」表記で初来日して以来2年ぶり2度目の来日。初来日の時もパワーズが一緒でした。開幕戦は柴田勝久と対戦し7分53秒、片エビ固めで敗れています。

サンドーとトムソンのヨーロッパ勢はいかんせん地味だったか6週に亘る長期シリーズだったにも関わらず「ワールドプロレスリング」の中継には登場せずに終わっています。
 
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