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2021年12月26日07:29

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ジャンボ鶴田怪物伝説(980)

88年「スーパー・パワー・シリーズ」は5月14日、茨城県土浦市スポーツセンターで開幕。

タイガー・ジェット・シン、ダニー・スパイビー、ジミー・ジャック・ファンク、グリズリー・ブーン、リップ・ロジャース、ハバナ・ザ・テラーの外国人選手がシリーズ全戦参加。

前半戦特別参加がリック・モートン&ロバート・ギブソン組のロックンロール・エキスプレス、終盤戦特別参加がインターナショナル・タッグ王者、アニマル&ホークのザ・ロード・ウォリアーズ(マネージャーポール・エラリング)。

なお、当初アブドーラ・ザ・ブッチャーがシリーズ全戦参加と発表されていましたが、来日直前に急性胆嚢炎に罹り手術を行った為、来日キャンセルとなりました。

「インドの狂虎」タイガー・ジェット・シンは2シリーズ連続1か月ぶりの来日、先の「チャンピオン・カーニバル」では犬猿の仲と言われたブッチャーと日本で79年8月26日、日本武道館での「プロレス夢のオールスター戦」での馬場&猪木組のBI砲と対戦して以来のタッグを結成、懸念された仲間割れもなく連係プレーも披露。

前回は1週間の顔見せ程度の参戦で、今シリーズより本格的に始動する予定でしたが、ブッチャーの急病による来日キャンセルで残念ながら凶悪コンビは見ることが出来ず。国際血盟軍か他の外国人と共闘していくのか。

初来日の「黄金の鷲」ダニー・スパイビーは52年10月14日、フロリダ州タンパ出身の当時35歳。203cm、127kgの巨体を誇る大型レスラー.

ジョージア州立大学時代はアメリカンフットボールで体を鍛え、84年フロリダ地区のプロモーター、エディ・グラハムにスカウトされ31歳という遅い年齢でプロレス入り。その巨体とトップアスリートだった体力から即戦力と期待されダスティ・ローデス、バリー・ウィンダム、リック・マーテルといったスーパースター達からレスリングの手解きを受け、ノースカロライナのジム・クロケット・プロのNWAミッドアトランティック地区でデビューを果たしました。

スパイビーをスカウトしたグラハムは85年1月にピストル自殺。フロリダのテリトリーは息子のマイク・グラハムが後を継ぎましたが、エディほどの才覚がなかったのと、ビンス・マクマホンによるWWFの全米侵攻の煽りを受けて興行不振からクロケット・プロに株式を売却して吸収合併されています。

デビュー後はイーグルを名乗りコヨーテのスコット・ホールとタッグチーム「ジ・アメリカン・スターシップ」を結成、主にセントラル・ステーツ地区で活動。チーム解散後はクロケット・プロに戻りました。

86年にWWF入りし、ゴールデン・ボーイのニックネームで売り出し、離脱したバリー・ウインダムの後任としてマイク・ロトンドのタッグパートナーになったものの売れずに目立った活躍を果たせないまま88年3月にリリースされてしまいました。

ザ・デストロイヤーの娘婿(後に離婚)であり、おそらくはデストロイヤーの口利きでの初来日かと思われます。

ジミー・ジャック・ファンクはジェシー・バーとして85年11〜12月の「世界最強タッグ決定リーグ戦」に初来日して以来2年5か月ぶりの再来日。

59年4月14日オレゴン州出身の当時29歳。オレゴンおよびワシントン地区のレフェリーとしても活動したサンディ・バーを父に持ち、後にメキシコのAAAでラブ・マシーンのリングネームで活躍することになるアート・バーが実弟のプロレスラー一家に生まれ育ちました。

80年4月、父親のサンディも主戦場としていた太平洋岸北西部オレゴン地区のPNWにてデビュー後、テキサスやテネシーなどアメリカ南部を転戦、82年11月15日、テネシー州メンフィスの米国版CWAにてダッチ・マンテルを破りミッドアメリカ・ヘビー級王座を獲得。

84年よりフロリダ地区に若手のヒールとし転戦、NWAフロリダ・ヘビー級王座を巡りスコット・マギーやブライアン・ブレアーと抗争を展開。85年4月16日にはリック・ルードと組んでジェイ&マークのヤングブラッド兄弟を破りUSタッグ王座を奪取しています。同年11月、ハーリー・レイスのパートナーに起用されて全日本プロレスの「世界最強タッグ決定リーグ戦」に初来日。

馬場&ドリー・ファンク・ジュニア組と時間切れ引き分け、長州力&谷津嘉章組に時間切れ引き分けなどで上記2チーム、鶴田&天龍組と並んで6点で準優勝。

帰国後はフロリダを主戦場に、86年1月15日に新人時代のレックス・ルガーから南部ヘビー級王座を獲得しています。86年4月、負傷したテリー・ファンクに代わるホス・ファンク(ドリー)の新パートナーとして、「第3のファンクス」ジミー・ジャック・ファンクを名乗りWWF入りを果たしました。

テネシーのCWA以来の間柄でもあるジミー・ハートをマネージャーに迎え、ローン・レンジャー風のアイマスク(目の部分だけを覆ったもの)をつけたカウボーイ・スタイルのラフファイターに変身し、ファンク・ファミリーの末弟という設定で活躍。

ホスとのタッグでは、ダイナマイト・キッド&デービーボーイ・スミス組のザ・ブリティッシュ・ブルドッグスが保持していたWWF世界タッグ王座に再三挑戦。86年8月28日にカナダのトロントで開催された「ザ・ビッグ・イベント」では、オープニング・マッチでジム・ブランゼル&ブライアン・ブレアーのキラービーズと対戦しました。ホスがWWFをリリースされた後はシングルプレーヤーとなりましたがジョバーにポジションが下がり、87年1月3日放送(86年12月14日収録)のPPV「サタデーナイト・メインイベント」ではブラックジャック・マリガンとのカウボーイ対決が組まれましたが敗退。

WWF退団後もジミー・ジャック・ファンクのリングネームを使用、古巣の米国版CWAに復帰しジェリー・ローラー、ジェフ・ジャレットなどと抗争を展開、87年11月2日、ジャレットを下してミッドアメリカ・ヘビー級王座に返り咲きました。今回、ジミー・ジャック・ファンクのリングネームでの再来日。

ブッチャーの来日キャンセルに伴い、ジミー・ジャックはヒールであることからオリジナルのザ・ファンクスとは敵対関係にあったシンのパートナーを務めるのか…。

長州達が抜けた前87年4月以降は、初来日や来日間隔の空いたベテラン外国人レスラーを各シリーズ2〜3人程度招聘するようになった全日本プロレスですが、今シリーズもスパイビーを入れると4人の初来日選手が来日していますが、後に全日本プロレスのレギュラーとなるスパイビーを除いた3人は、後期国際プロレスのようなB級外国人でした。

初来日のグリズリー・ブーンは188cm、200kgの巨体を誇る巨漢、ジョージア州出身、76年に地元ジョージア州アトランタでデビュー。カナダ、プエルトリコのローカルテリトリーで活躍。ジョージアにてクラッシャー・ブラックウェルの主宰していたインディー団体、サザン・チャンピオンシップ・レスリングではメインイベンターに君臨。先の「チャンピオン・カーニバル」に来日していたトミー・リッチと抗争を展開していました。

今回、ブラックウェルのブッキングにより初来日が実現。丸太棒を片手に毛皮をまとって、気勢を上げながら観客を追い掛け回す原始人ギミックのレスラー。ジョン・テンタの好敵手となりそうです。

リップ・ロジャース以下の外国人レスラー、特別参加組、日本側、シリーズのビッグマッチ、タイトルマッチ、新日本プロレスとの興行戦争については次回お送り致します。
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