第128戦 3月25日発売号●【予想】アジア2大王座、韓国で復活、アジア・ヘビー級王座決定戦、大木金太郎vsグレート小鹿、アジア・タッグ王座決定戦、小鹿&大熊元司組vs呉大均&洪武雄(76年3月25、26日韓国・ソウル市文化体育館)【正解】鶴田と天龍が相撲マッチで初対戦(77年テキサス州アマリロ・スポーツアリーナ)【参考】2015年3月25日発売号はグランド・チャンピオン・カーニバルPART�騎�幕戦(83年全日本プロレス熊谷市民体育館)
【解説】76年2月16日、港区南青山の新日本プロレス事務所で猪木が記者会見を行い、7月に「アジア・リーグ戦を行う」と発表、新たにアジア・ヘビー級王座とアジア・タッグ王座を新設し、リーグ戦により初代王者を決めようというもので、「アメリカにはUSヘビー級王者、ヨーロッパにはヨーロッパ・ヘビー級王者がいるのにアジアに王者がいないと言うのはおかしい、アジア人の中でチャンピオンを決めたい、ついては全日本プロレスから馬場、鶴田、国際プロレスからはラッシャー木村、マイティ井上選手に出てもらいたい」と発言。
55年11月、日本プロレスのアジア選手権大会以来の21年ぶりのアジア・リーグ戦開催をぶちあげました。
事前に根回しをせずにマスコミを使って直接呼びかける猪木得意の手法でしたが案の定、馬場と国際プロレスの吉原功社長の反応は冷ややかたるものでした。前75年、全日本プロレスのオープン選手権に対する馬場の参加呼びかけには「自分がやりたいのは馬場戦、向こうの興行に出て儲けさせる気はない」と不参加を明らかにした猪木に対し馬場は「ウチのオープン選手権参加を断っておいてアジア選手権やりますから参加して下さいはないだろう」と一蹴。
吉原社長も、同じ前75年6月、R木村が猪木に対し「貴殿は実力日本一を自認しているが、私も実力日本一を持って任じている。実力日本一を賭けて闘おうではないか」と挑戦状を送った時、「格が違う、木村よ己を知れ」と痛烈な返答をされたことを根に持っており、「ウチの木村が挑戦した時、見下したような態度を取っておきながら、出て来いなどとよく言えるな」と怒りを顕にしていました。
猪木にとっては当時協力関係にあった両団体が不参加なのは織り込み済で「一応、言ったからね」程度のものだったと思います。
しかし馬場は黙ってはいませんでした。3月19日、六本木の全日本プロレス事務所で記者会見を行い、日本プロレスが保管していたアジア・ヘビー級とアジア・タッグの両王座を復活させ、3月25、26日の両日にかけて行われる大木金太郎主催の韓国ツアーで王座決定戦を行うと発表。
新日本プロレスのアジア・リーグ戦が7月(モハメド・アリとの試合の話が発表寸前であり、アリ戦が予定されていた6月26日以降の開催になることはやむを得なかった)なのをいいことに、日本プロレス崩壊以来3年間眠っていたアジア両王座を「こっちが本家」とばかりに復活させ、発表から僅か1週間で王座決定戦を行ってしまうという手際の良さ…。
3月25、26日、韓国・ソウル市文化体育館で王座決定戦が行われ、アジア・ヘビー級王座は25日に日本プロレス時代の最終保持者であった大木がグレート小鹿と王座決定戦を行いました。1本目は16分10秒に小鹿が片エビ固め、2本目は9分、大木がアバラ折り(コブラツイスト)、決勝の3本目は4分20秒、大木が体固め。2−1で大木が勝って王座獲得。
翌26日はアジア・タッグ王座決定戦が行われ、日本プロレス時代の最終保持者、小鹿(パートナーは松岡巌鉄)が大熊元司との極道コンビで韓国・金一道場の呉大均&洪武雄組と対戦。1本目は16分40秒に両チームリングアウトで1−1。決勝の3本目は6分10秒、大熊が洪を体固めに破り2−1で小鹿&大熊組が王座を獲得しています。
馬場は77年「エキサイト・シリーズ」が終わると鶴田を帯同してアメリカへ遠征、アメリカ修行中の天龍と合流、3月20日、ノースカロライナ州グリーンズボロで馬場はバロン・フォン・ラシクを2−1で破りPWFヘビー級王座を防衛、鶴田は天龍とタッグを結成しマスクマンチームのザ・マフィア1&2号を降しました。
3月23日、フロリダ州マイアミビーチ・コンベンションセンターでは鶴田は3月5日、秋田市立体育館でビル・ロビンソンに奪われたUNヘビー級王座へリターンマッチを挑み(3月11日、日大講堂で1回目のリターンマッチを挑んで1−1から60分時間切れ引き分けでベルトを逃す)、アブドーラ・ザ・ブッチャーの乱入はありましたが2−1で勝ち王座を奪回。
馬場&天龍組は近くのテレビスタジオでのテレビマッチに出場しアンジェロ・ポッフォ(ランディ・サベージの父親)&パット・マクギネス組を破っています。
この2大会は日本テレビでも放送されていますが、鶴田、天龍はその後アメリカの師匠であるドリー・ファンク・ジュニア、テリー・ファンクのザ・ファンクスのホームであるテキサス州アマリロへ行き、3月25日にはアマリロ・スポーツアリーナ大会に出場、鶴田と天龍は相撲マッチとして2分間のエキシビションマッチを行っていたそうです。
流さんが当日のパンフレットを所持しており、そこから拾ってきたネタで、鶴田vs天龍の初対決は実はこの時に行われていたというものでした。これについてはやっていたのも知らなかったです。
※対戦成績は128戦26勝102敗、勝率203。
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