『ダンケルク』
同じ時期にカイザー・ソゼとメメントが注目されたシンガーとノーラン、しかし力作ワルキューレはシンガーらしく人としてのネガティヴな運命的曲面が表されたのに比し、この作品はノーランらしくポジティヴな啓示として、大衆に受け入れ易いもの表してる。シンガーに比してもフィンチャーに比しても、なにかノーランは言ってること綺麗事なとこ感じるけれど、しかし人間は贖罪まみれなのだというような、スコセッシやリンチ、その他あまたあるアメリカ映画が言わんとしてることからすれば、彼が表す啓示は人間の叡智を信じるものであり、ノーランが彼のプロダクションで実際に表すリアルな力量、そのまんま叡智を表さんとしているがようで説得力がある。映像に説得力があるのである。ヘルツォークやホドロフスキーと同じ力量を使いながら、ブロックバスターを成し遂げる。計り知れないこの現実世界で、前進玉砕を信条とする我が国の英知とも違い、はたまた英国のブラックユーモアに奏でられた知性とも違い、ノーランが表す英国の叡智は人間が創造するものをイギリスのプライド強くもって表しているものなにか歓迎してしまう。
そんなことを考えると、人は自由で束縛される必要ないこの世とはいえ、ヘンリー王子のこと、ちょっと呆れてしまうのでもある。でも、我が国では言いすぎると角が立つ実情に比べたら、イギリスにはまだ自由な叡智があるのかな、となる。
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