85年「バーニングスピリット・イン・オータム」最終戦は10月31日、東京体育館(テレビ収録、観衆7,230人発表)メインイベントの猪木vsブルーザー・ブロディの「運命の対決」も半年間に6回を迎え、短期間に同じカードを立て続けに組んだ結果、新鮮味が薄れ、ついに満員マークが消えました。
ブロディは守護神のチェーンを持って入場。放送席にいた欠場中の藤波を襲撃、リングに上がって来いとアピール。藤波が負傷癒えぬ足でリングに上がると藤波をメッタ打ち。膝の半月板損傷の手術をした藤波が相手になる訳もなく、藤波はダウン。そこへ猪木が救出に入ってようやく闘いのゴングが鳴りました。
試合はブロディが攻勢、猪木がバックドロップを見せますがカウント2で返されます。ブロディはワンハンドスラムからグロッキーの猪木にトドメとばかりキングコング・ニードロップ。フォールに入りましたが猪木は意地でカウント2でキックアウト。
一撃必殺のキングコング・ニードロップを返されたブロディは次の打つ手がなくなり、チェーンを持ち出して猪木の顔面を殴打、27分4秒、猪木が反則勝ちを拾いました。これで両者の対戦成績は猪木の1反則勝ち2反則負け3両リンとなりました。
セミファイナルではザ・コブラのWWFジュニア・ヘビー級王座にドン荒川が挑戦。8月1日には両国国技館で同じくコブラのNWA世界ジュニア・ヘビー級王座に挑戦し、敗れている荒川がまた王座挑戦のチャンスを貰えるのも理解し難いですが、当時の新日本プロレスの人材不足感を現していました。新日本に参戦して来た越中詩郎はここでは温存したように思います。
試合は荒川がいつものひょうきんプロレスを封印してシリアスなファイトで挑みましたが13分29秒、コブラが首固めで荒川を丸め込みカウント3。3度目の防衛に成功しています。
セミ前は坂口&木村健吾&ランボー・サクラダ組vsバッドニュース・アレン&レイ・キャンディ&リック・オリバー組の6人タッグマッチが組まれ、9分3秒、サクラダがオリバーを体固めに決めて坂口&木村健&サクラダ組の勝利。
星野勘太郎&越中組vsフィッシュマン&ブラック・キャット組は14分11秒、越中がフィッシュマンを吊り天井(ロメロスペシャル)でギブアップさせました。
海外修行が決まった武藤敬司の壮行試合が行われ、カール・スタイナーを11分22秒、体固めで撃破、先シリーズのタッグマッチでのシバ・アフィに続いて外国人選手から勝利を挙げています。武藤はフロリダのヒロ・マツダの元で修行をすることになりました。
評価を落としたジャイアント・グスタブはこの日試合が組まれず。新日本プロレスへの来日もこれが最初で最後になった訳です。
東京体育館大会終了後、新日本プロレスから発表があり、WWFとの業務提携解消により7月19日、札幌中島体育センターで藤波がスーパー・ストロング・マシンとの防衛戦で返上したWWFインターナショナル・ヘビー級王座、藤波&木村健組が保持していたこの年5月に新設されたばかりのWWFインターナショナル・タッグ王座、コブラが保持していたWWFジュニア・ヘビー級王座の3つのベルトをWWFに返還することが発表されました。
これで74年2月、アンドレ・ザ・ジャイアントが新日本プロレスに初参戦して以来、ビンス・マクマホン・シニアの時代から続いた新日本プロレスとWWFの11年8か月に及ぶ蜜月時代はWWF側がビンスに代替わりし、終わりを迎えました。
今回の「バーニングスピリット・イン・オータム」にはWWFからブッキングされた選手は一人もおらず、関係が切れたことは関係者の間では囁かれていました。
84年9月にビンスがハルク・ホーガンを伴って来日、年間50万ドルと言われたブッキング料をこの時は払った新日本プロレスですが、1年後の更新はしませんでした。全米マット制圧の為に大量の選手をNWA、AWAから引き抜き、さらに同じメンバーでツアーを組み移動する興行スタイルに変えた為、莫大な経費がかかることから運転資金が必要だったWWFと選手、フロント大量離脱で業績不振の新日本プロレスではもはや対等なビジネスは出来なくなっていました。
ビンスは1年間50万ドルのブッキング料に加え、ホーガンとアンドレにも個別での契約料を要求。足許を見られた新日本プロレスはこれを拒絶しました。
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