85年ビッグ・ファイト・シリーズ第2弾最終戦、4月18日両国国技館大会セミファイナルは藤波vsストロング・マシン1号のシングルマッチ(ノンタイトル60分1本勝負)。
前84年8月24日、後楽園ホールに突如として出現して以来、増殖したマシン軍団でしたがやはり1号はその中でも動きが突出した実力者。
藤波との一騎討ちを前に「悪の正太郎君」、「地獄のお茶の水博士」マネージャーのショーグン・KYワカマツに操られる物言わぬ機械から1人のプロレスラーとしての自我に目覚めたか、藤波と実力で真っ向勝負したいとばかり、「手を出すな、リング下で黙って見ていろ」と ワカマツのアシストを拒絶。
試合はクリーンな攻防とのなりました。ロープ際でバックの取り合い、ワカマツがここでエプロンまで上がって来て藤波にパウダー攻撃、しかしこれは藤波が寸でで身体を入れ替えた為、ワカマツの投げたパウダーはマシン1号の顔面を直撃。
すかさず藤波はフルネルソンに移行すると、綺麗なブリッジを描いてのドラゴン・スープレックスホールド(飛龍原爆固め)。15分50秒、カウント3が入り藤波のフォール勝ちとなりました。
藤波は前84年11月30日、愛知県体育館での第5回MSGタッグ・リーグ戦公式戦、猪木&藤波組vsマシン1&2号組の一戦でもマシン1号を相手にドラゴン・スープレックスを出していますがフィニッシュには至らず。
飛龍原爆でのフィニッシュはジュニア・ヘビー級時代80年3月20日、津山市総合体育館での藤波&長州組vsバッドニュース・アレン&アーマンド・ゲレロ組でアーマンドに決めて首を負傷させて以来でした。(このシリーズ、同時に参戦していたアンヘル・ブランコも飛龍原爆で首を負傷、2人揃って途中帰国し「あまりに危険過ぎる」とWWFから使用禁止命令が出た、との話であるが、後に週刊ファイトの井上譲二元編集長がコルセットを首に巻いて日本を離れる2人の写真を公開し、ギミックであったことを明かしている)
敗れたマシン1号は入ってきたワカマツを突き飛ばすと1人で退場。マシン軍団は仲間割れとなって分裂してしまうのでありましょうか?
他、坂口とビリー・ジャックのシングル戦はジャックのフルネルソンを坂口がロープを蹴って押し潰し、そのまま上になって4分36秒、片エビ固めで勝利。あまりに大味なフィニッシュシーンに観客席からは失笑が起きてしまいました。
木村健吾&星野勘太郎組vsディック・マードック&アドリアン・アドニス組は9分19秒、マードックが星野をブレーンバスターから体固め。
ヤングライオン杯優勝決勝戦は小杉俊二、後藤達俊、山田恵一の3人が32.5点で同点首位となりましたが、後藤が左膝側副靭帯損傷の為棄権、小杉と山田との間で争われました。
レフェリーは藤波が務め、21分、首固めで小杉が勝って優勝。記念のビクトリージャケットを贈られています。
高野俊二&復帰したアノアロ・アティサノエ組vsアレン&ゲシュタポ組は8分44秒、高野俊がゲシュタポを体固めに決めて高野俊&アティサノエ組の勝利。ヒロ斉藤はマイク・ミラーと対戦しましたが、6分36秒、フェンス越しにミラーを投げてしまい反則負けとなりました。
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