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2016年12月03日10:33

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猪木とビンス(413)

全日本プロレスのリング内についに足を踏み入れた長州は84年12月12日、横浜文化体育館で行われた世界最強タッグ決定リーグ戦最終戦で試合を行っています。

この日は6100人(超満員)発表の観客を動員。鶴田、天龍組vsスタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ組、ドリーとテリーのザ・ファンクスvsハーリー・レイス、ニック・ボックウィンクル組の2大公式戦が組まれ、長州の参戦がなくても横浜文体の超満員は確実でしたが、敢えて馬場は「加点式」のマッチメークをファンに提供していきました。

この当時、馬場の頭の中には大塚直樹ジャパンプロレス代表という強力なブレーンを得たことで、「新日本プロレス潰し」があったと思われます。

この年、UWFとジャパンプロレスという新日本プロレスから派生した新団体が2つ発生。

男子4団体時代は72年、3月に新日本が、10月に全日本が、日本プロレスから分裂、国際プロレスと併せて4団体になって以来でした。

日本プロレス界が冬の時代となったのがまさにこの時期で、観客は団体が増えた分チケット代、費やす時間が何倍にも増え、結果として業界は観客動員全体が縮小。

至近な例では13年7月に起きた全日本とW1の分裂があります。一度会場から去った観客をまた戻すには相応の時間を要します。

馬場は全日本プロレスを旗揚げした時、最高の外国人メンバーを呼び、日本テレビの強力な支援を受けていながら、日大講堂などのビッグマッチは空席が目立っていました。

この時期を乗り切っただけに、長州軍、ハンセン、タイガー・ジェット・シン、ダイナマイト・キッド、デービーボーイ・スミスなど新日本プロレスからの移籍外国人、ラッシャー木村、グラン浜田まで獲得し、自前のタイガーマスクを作ったこのタイミングで、

過去に散々猪木、新間及び新日本プロレスから受けた屈辱的な挑発を耐え続けた馬場は「一枚のチケットで全てのレスラーが見られるようになったら」と発言しています。(大塚も同様の発言をしている)

馬場が「天下盗り」に動き出した訳です。

長州らジャパン勢は第5試合に出場、谷津嘉章、アニマル浜口と組んで石川敬士、グレート小鹿、大熊元司組と対戦。

長州、浜口と小鹿、大熊は79年8月26日、日本武道館で行われたプロレス夢のオールスター戦で対戦しています。

私はこの興行を2階席から観戦していましたが、ジャパン軍と全日本の中堅選手とはほとんど体格が変わらないことに気がつきました。

やはり、全日本の選手は大きかったです。試合はジャパンがハイスパートと呼ばれた連係で終始動きっ放し。

長州が大熊をバックドロップの体勢に担ぎ上げたところを谷津がトップロープからニードロップ。さらにリキラリアット。12分11秒、長州が大熊を体固め。全日本初戦を白星で飾りました。

その前の第3試合に小林邦昭、寺西勇組が出場。暫定国際軍と言っていい剛竜馬、菅原伸義組と対戦。小林邦が菅原をフィッシャーマン・スープレックスホールドで破っています。

また、4日前の愛知県体育館で馬場を裏切ったR木村は早くもシンと共闘、鶴見五郎を加えたトリオで馬場、佐藤昭雄、マジック・ドラゴン(ハル薗田)組と対戦。

R木村がMドラゴンにブルドッキング・ヘッドロックからの体固めで勝利。

公式戦はセミの勝ち点9同士、ファンクスvsレイス、ニック組は30分時間切れ引き分け。共に10点でメインの結果待ち。

メインは9点の鶴田、天龍組と10点のハンセン、ブロディ組が対戦。試合は超獣コンビ優勢で進められましたがリング中央で2人がかりの合体式パイルドライバーを鶴田に決めようとしたところ反則カウントを取られ、怒ったハンセンがレフェリーのジョー樋口に暴行を加えて反則負け。

鶴田、天龍組が11点で初優勝。ハンセン、ブロディ組は10点で2連覇は成らず。

この日の豪華なボリュームのあるラインナップを見る限り、まさにオールスター戦と言って過言でなく新日本とは「勝負あり」をはっきり印象づけられた感じがありました。
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