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2016年02月07日08:48

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ジャンボ鶴田怪物伝説(230)

79年NWAチャンピオン・シリーズ終盤戦にNWA世界ヘビー級王者ハーリー・レイスが1年4か月ぶりに特別参加。

鶴田はトップバッターとして5月7日、大阪府立体育会館でベルトに挑戦。1-1から両者リングアウトの引き分け。

レイスは5月8日、千葉県立体育館でディック・マードック、5月9日、仙台・宮城県スポーツセンターで馬場にいずれも1-1から60分時間切れ引き分けで逃げ切り、王座防衛を果たしました。

次期スーパー・パワー・シリーズ開幕戦の5月25日、大宮スケートセンターでビル・ロビンソンが鶴田のUNヘビー級王座に挑戦しましたが1-1から60分時間切れ引き分けと大試合で勝てず、鶴田は徐々に「善戦マン」としてファンのフラストレーションの対象になってしまいます。

アメリカの師匠ドリー・ファンク・ジュニアが教えたプロレスはまさにこれで60分フルタイム戦うNWA世界王者スタイルのプロレスで、勝ち試合の3本勝負のフィニッシュには首固め、回転エビ固めといった丸め込みを多用するのもドリー式の真骨頂でした。

しかし、ドリーのムーブを完璧にコピー出来たとしても若さとアスリートとしての身体能力は鶴田の方が上で、日本人の好みにはそぐわない面はありました。

もっと言えば、NWAスタイルは全米をサーキットするスタイルで、毎回見る観客が異なります。なのでマンネリにはなりません。日本のようにシリーズで地方を回り毎週テレビで放送されていては同じ結果のタイトル戦が続くと飽きられる可能性があります。

このシリーズは72年12月19日、新潟市体育館での世界ヘビー級王座争奪第4戦で「負けたら馬場の軍門に降る」として敗れ、翌73年3月から家族を連れて日本に移住、6年3か月の長きに亘って日本陣営の助っ人として活躍した白覆面の魔王ザ・デストロイヤーがアメリカに帰国することになり「さようならザ・デストロイヤーシリーズ」のサブタイトルが付けられています。

デストロイヤーは元義兄(ウィルマ前夫人の兄)にあたるビリー・レッド・ライオンとのタッグで6月12日、盛岡・岩手県営体育館で馬場、鶴田組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦。デストロイヤーと馬場が1本ずつ取り合った後、3本目は鶴田がライオンを体固めに降し馬場、鶴田組が王座防衛。

デストロイヤーの日本陣営ラストマッチは6月14日、後楽園ホールで馬場とシングルで対戦しバックドロップからの体固めで勝利を飾っています。

この6月14日の昼間、港区芝の東京プリンスホテルでプロレスマスコミのオピニオン・リーダーである東京スポーツ新聞社(以下、東スポ)の創立20周年記念事業「プロレス夢のオールスター戦」の開催発表記者会見が行われています。

会見には主催者東スポの本山良太郎社長、高橋典義編成局長に加え馬場、猪木、吉原社長の3団体首脳が出席。

日時は8月26日の日曜日、午後6時30分より日本武道館にて開催、全日本、新日本、国際の男子全3団体が参加して行われることが発表されました。

会見の席上で猪木は「オールスター戦をやるなら馬場vs猪木戦が最高のカードと考えている。実現に向けて東スポさんの力をお借りしたい」と75年以来封印していた馬場への対戦要求を思い出したかのようにアピール。

しかし馬場は予想通りこれに難色を示し会見は終始ピリピリした雰囲気となりました。

東スポからの代替案として出されたのが馬場と猪木がタッグを組む案でした。しかしこれは猪木が「次回馬場vs猪木戦が実現することが前提」と条件を付けた為馬場は態度を硬化させています。

国際プロレスの吉原社長が仲介人として馬場、猪木のタッグ結成を実現させるべく動く、と発言しましたが、馬場は「主催者に一任」、猪木は「二階堂進コミッショナー(衆議院議員、この年2月に新日本と国際で擁立された、新間から馬場の全日本も傘下に入るよう打診があったが、馬場はこれを無視)に下駄を預ける」としてこの会見でメインカードの結論は出ず。

猪木は翌日、遠征先であるパキスタンへ出発してしまいました。

7月4日、馬場、猪木がタッグを組むということでお互い了承したことが発表され、対戦相手チームはファン投票によって決められることになりました。
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