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2020年05月10日12:41

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アメムビちょこっと覚え書き 125


『アンビリーバブル・トゥルース』と『ドゥ・ザ・ライト・シング』どちらも1989年の作品なのか。『アンビリーバブル・トゥルース』は若人のヒネクレ感は当時観たときはそう思わなかったけれど、今回はジョン・ヒューズのに似ているな、となる。アドレセンスものはどれもそうした感覚あるのかもしれないけれど、バック・トゥー・ザ・フューチャーともドーソンズ・クリークともアメリカン・グラフィティ、それらに表されるアメリカンな青春像とも、陰があるマーロン・ブランドやモンゴメリー・クリフトにあるような青春像とも違う。やはり、その時代性なのかな。青春像に関心向いていたけどどんどん観ていくと、やはりハル・ハートリー、ゴダール・フリークがあるそのソニマージュ気がついてくる。八十年代以降のゴダール、タチ・タッチのオフビートあるけど、そこらへんの喜劇的な間合いをハートリーはよりストレートにまとめているな、となる。感情移入的に人物のキャラがたっているけど、でも、エモーションよりモーションのヒトなんだな、改めて感じることとなる。『ドゥ・ザ・ライト・シング』、なにをもってライト・シングかを、マルコムxの暴力はときには知性となる/であること、或いはキング牧師の暴力はいけない、とすること、それを答えは映画的には出さずに、この30年を過ごさせ考え体感させることを託していて、今をもって再見すること、感慨深い。人物たちカメラ目線で主張はしているけど、もちろんメッセージ映画としてこの作品があるのではないけれど、時間のプロセス、そのことが問われるという意味でのメッセージが常にあることが、スパイク・リーのこの作品の消えることない勇気としてある。ブルージーな音楽が流れる空間、そのこと感じさせ考えさせられる。


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