88年新日本プロレス「IWGPチャンピオン・シリーズ」第27戦、6月23日横浜文化体育館(観衆3,940人発表)大会。
メインイベントは新IWGPタッグ王者チームとなったマサ齋藤&長州力組が「スーパー・バイオレンス・コンビ」ディック・マードック&アドリアン・アドニス組と初防衛戦を行いました。(60分1本勝負)
やはりこの中では肥満でコンディションの悪いアドニスが一枚落ち、12分24秒、長州がアドニスをリキラリアットからの体固めで破り初防衛に成功しています。
セミファイナルはジュニア・ヘビー級5対5イリミネーションマッチ(時間無制限)、本隊・越中詩郎&星野勘太郎&山田恵一&野上彰&後藤達俊組vs長州軍・小林邦昭&ヒロ斉藤&保永昇男&佐々木健介に助っ人としてオーエン・ハートが加わりました。
最後はトータルタイム24分50秒、健介がパワースラムからの体固めで先輩野上を破り1人残りで長州軍に軍配が上がりました。
ビッグバン・ベイダーは坂口征二&ジョージ高野組と1対2ハンディキャップマッチを行い、6分7秒、ラリアットからの体固めで高野を圧殺しています。
この日の第1試合で横浜高校レスリング部出身の鈴木実(当時20歳)がデビュー、飯塚孝之と対戦し8分47秒、逆片エビ固めでギブアップ負けしています。
第28戦、6月24日大阪府立体育会館(テレビ収録、観衆6,800人満員発表)大会。メインイベントは5月27日仙台・宮城県スポーツセンターでノーコンテストとなり、タイトル預かりとなったIWGPヘビー級王座決定戦、藤波辰巳と長州の60分1本勝負。
場外に落ちた藤波はフェンスに頭をぶつけてコメカミから流血。長州がリキラリアットを5発出しても藤波はフォールを許さず、藤波の卍固めは長州が耐えて決まらず、長州は6発目のリキラリアット、これをかわした藤波は首固めの連発、18分46秒、この試合5度目のトライでカウント3が入り、藤波執念のフォール勝ちで藤波が第3代IWGPヘビー級王座に返り咲きを果たしています。
セミファイナルはIWGPジュニア・ヘビー級選手権試合、オーエンに初代同王者、88「トップオブ・ザ・スーパージュニア」覇者である越中詩郎が挑戦。多彩な技を連発し試合を優勢に進めたオーエンでしたが14分7秒、越中がジャパニーズ・レッグロール・クラッチホールド(回転足折り固め)で逆転勝ち。オーエンは2度目の防衛に失敗、越中が第7代王者に返り咲きました。
セミ前は6月19日後楽園ホールで因縁が生まれたベイダー&M齋藤組と「海賊男」ビリー・ガスバー&バリー・ガスバー組のガスバーズがタッグマッチ45分1本勝負で対戦、 ベイダーは圧倒的なパワーでガスバーズを追い込んでいきましたが、9分24秒、バリーがベイダーのマスク越しの顔面にパウダーを投げつけ、ベイダー&M齋藤組の反則勝ち。
シリーズ最終戦は6月26日、プロレス初使用となる名古屋市総合体育館レインボーホール(現日本ガイシホール、テレビ収録、観衆10,760人超満員発表)大会。
メインイベントは藤波のIWGPヘビー級王座にベイダーが挑戦。この頃から腰に爆弾を抱えていた藤波にベイダーはペンデュラム・バックブリーカー、場外で抱えての鉄柱攻撃と容赦ない攻撃。
藤波はジャンプしながらのバックドロップで反撃、ベイダーがすくい投げに来たところを腕を取ってバックに廻り込んで逆さ押さえ込み、13分37秒、ベイダーが新日本プロレスに初登場以来クイックながら初のフォール負け。藤波がタイトル初防衛に成功しています。
セミファイナルは越中のIWGPジュニア・ヘビー級王座に6月17日五泉大会でその時点での王者オーエンから逆さ押さえ込みでフォール勝ちした第4代王者、小林が挑戦。19分26秒、越中がドラゴン・スープレックスホールド(飛龍原爆固め)で小林からフォール勝ちし初防衛を果たしました。
M齋藤&長州組のIWGPタッグ王者チームはビリー&バリーのガスバーズとノンタイトルのタッグマッチ45分1本勝負で対戦しガスバーズの反則攻撃に業を煮やした長州がイスを持ち出して10分49秒、M齋藤&長州組の反則負け。
マードック&アドニス組のスーパー・バイオレンス・コンビは木村健吾&藤原喜明組とタッグマッチ30分1本勝負で対戦、11分30秒、両チームリングアウトの引き分けに終わっています。
アドニスは全盛期の動きとは程遠くなっていましたがマードックの巧みなリードで試合勘が徐々に戻っていました。再来日が期待されましたが、帰国後の7月4日、カナダのニューファンドランド・ラブラドール州にて移動中、自動車事故に遭い34歳の若さで亡くなりました。
この事故では、国際プロレス、新日本プロレスに来日した双子のタッグチーム、ケリー・ツインズのパット・ケリーも死亡、マイク・ケリーも同乗していましたが、一命は取り留めています。
新日本プロレスは前87年12月27日の暴動事件以来両国国技館が使えない為、東京の大会場での興行はありませんでした。後楽園ホールは先攻が全日本プロレスの5月15日日曜日、新日本プロレスの開幕戦が5日後の20日金曜日。全日本は1回だけですが新日本は5月25日水曜日、6月19日の日曜日にも後楽園ホール大会を開催、ニアミスは後楽園ホールのみ。
後楽園ホールは全日本プロレスの「スーパー・パワー・シリーズ」第2戦、5月15日は日曜日昼興行輪島大士&ザ・グレート・カブキ&石川敬士組vs天龍源一郎&阿修羅・原&サムソン冬木組、鶴田&田上明組vsタイガー・ジェット・シン&ジミー・ジャック・ファンク組で2,300人超満員発表。
新日本プロレスは「IWGPチャンピオン・シリーズ」開幕戦は5月20日金曜日開催、藤波vs馳浩、長州vs越中の2大シングルマッチで2,050人超満員発表。
第4戦の5月25日は藤波&越中組vs長州&馳組、木村健&藤原組vsマードック&アドニス組で1,700人満員発表。
5月15日の全日本プロレスとは5月20日が立見の数で僅差で全日本プロレス、5月25日とは全日本プロレスの勝利となりました。
新日本プロレス6月19日の後楽園ホールは日曜日で2,300人の観客を動員していますが1か月以上空いているところから比較対象外と致します。
新日本は東京の大会場はない代わりに5月27日仙台・宮城県スポーツセンターが3,620人、6月10日、広島県立体育館が5,180人満員、6月23日横浜文化体育館が3,940人、6月24日大阪府立体育会館が6,800人満員、最終戦6月26日名古屋市総合体育館レインボーホールが10,760人超満員発表と東京以外の大会場はよく入っていました。
全日本プロレスは大会場がシリーズ最終戦の6月10日日本武道館だけであり、11,800人満員発表と比較すると全体では新日本プロレスが上回ったと言えます。
全日本プロレスの6月4日札幌中島体育センターの1週間後に開催された新生UWFの第2弾興行「STRATING OVER」は1週間後の6月11日に同所で開催、5,200人超満員発表の観客を動員、全日本プロレスの4,400人満員発表を上回りました。
前田日明、高田延彦、山崎一夫、中野辰雄、安生洋二、宮戸茂夫の6人しか所属レスラーがおらず3試合しか興行が組めない状況でした。
テレビ放送のない新生UWFをプッシュ人気絶頂にあった「週刊プロレス」が「密航せよ」と煽り、その効果もあったかも知れません。
札幌大会メインイベントは前田と高田の一騎討ち、時間無制限1本勝負で25分18秒、片羽絞めで前田がギブアップ勝ち、マレンコ道場出身のノーマン・スマイリーが参戦、山崎と対戦。15分30秒、ワキ固めで山崎がギブアップ勝ち、スマイリーを入れた段階で安生がカードからあぶれ、第1試合の中野と宮戸は30分時間切れ引き分けとなりました。
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