mixiユーザー(id:21258650)

2024年11月07日07:22

427 view

ストロング小林さん追悼最終章(856)

フォト

84年新日本プロレス「ブラディ・ファイト・シリーズ」第3戦、8月26日に地元福生市民体育館で引退式が決定したストロング小林でしたが、8月22日付(21日発行)の「東京スポーツ」3面に特集記事が出ていますので、引用してみたいと思います。

タイトルは「笑顔でサヨナラ ストロング小林、26日にレスラー引退式」

「この26日、東京・福生市で一時代を築いたストロング小林(本名・小林省三)が18年に及ぶレスラー生活に別れを告げる。国際プロレス時代の(昭和)48年7月9日、IWA世界ヘビー級のベルトを賭け、僚友ラッシャー木村と一騎討ち。49年3月19日には蔵前国技館でアントニオ猪木と対決するなど数々の名勝負を残した小林。ここ3年間は腰痛の為リングに上がっていなかった。

実質的には56年10月16日の大分大会が最後の試合となった小林。タレントに転向、ストロング金剛の名前で活躍している。49年、国プロを離脱した小林は3月16日から1年間、本紙と専属契約を結んだ唯一のプロレスラーでもあった。

長い間、ご苦労さまでした。そんな小林がリングと訣別を前に熱いメッセージを寄せてくれた。」

以下はS小林からのメッセージです。

「18年間、どうもありがとう。いろんなことがあったけど、あっという間のことだった。厳しいトレーニング、海外遠征での言葉の問題…一度もつらいと思ったことはなかった。これも好きなプロレスがやれたからだ。

中学一年生の頃だった。都下青梅の街頭でテレビで力道山の活躍を見て『プロレスラーになるんだ』と決意、レスラーの逆三角形の身体に憧れたもんだ。レスラーの下地を作ってからと後楽園のトレーニングジムで汗を流していた。

そこを国際プロレスの吉原社長にスカウトされたのが第一歩。それからトントン拍子だった。欧州遠征にも行ったし、若さもあって怖いものなしだった。

でも、やっぱり甘いもんじゃなかった。ちょっとばかり天狗になった俺にバーン・ガニアがレスラーの凄みを教えてくれた。昭和45年の2月、3回胸を借りたけど、まったく歯がたたないんだ。目の前に立ったガニアは威圧感いっぱい。ゴング前から完全に俺の負けだった。

この時がレスラー開眼だった。“最強の男"を目指して再スタート、この時俺の前に立ちふさがって来たのがアントニオ猪木だった。猪木との二度の闘いで俺は最高潮に燃え上がった。

国際プロレスから強引に抜け出した訳だから、いろいろゴタゴタしたけど、猪木と命がけでぶつかり合えたんだから、俺は幸せだった。

ここで完全燃焼してしまった。新日プロの一員になってからは正直言って抜けがら。目標を失ったミサイルみたいだった。

そして、56年8月、試合中に腰を痛めた。宿舎に帰って鏡を見たら、身体が左に曲がっていた。ここで治せば大事にはならなかったろう。痛みをおさえてリングに上がり続けたのが悪かった。しばらくして病院に行き治療を受けたが、これが思わぬ重傷だったわけ。

60か所以上の医者を訪ね歩いた。『いつかはもう一度、猪木と』という“未練“があった。そんなわけで3年近くも引退声明を延ばし延ばしてきたんだ。だが、18年間、オレは燃えたんだから、マットを去るにあたってはなんら悔いはない。満足感でいっぱいだよ。」

左側に「ただ一人の『東スポ専属レスラー』だった小林」という記事があります。

「IWA世界王者として国際プロレスの看板を背負っていたストロング小林。その小林が突如国際プロレスを離脱、フリー宣言をして全日本プロレスのジャイアント馬場と新日本プロレスのアントニオ猪木に内容証明付きの挑戦状を叩きつけたのが昭和49年の2月。馬場は黙殺したが猪木が受けて立ち、力道山vs木村政彦戦以来20年ぶりに「日本人メインエベンター同士の大勝負」が実現、日本中のファンを熱狂させることになるのだが…。

だが3月に入ってその小林の立場について国際プロレスから主催者である東京スポーツにクレームがついた。

吉原功代表が直接、本社に見えて『小林は国際プロレスの契約レスラーであり、当社の了解なしに試合は出来ない』という申入れ。事態は紛糾、猪木・小林戦は暗礁に乗り上げかかった。

東京スポーツとしては「この猪木vs小林戦は日本プロレス界の発展のためぜひ実現してファンの期待に応えねばならぬ」ということで調停に乗り出した。吉原代表と話し合い、移籍金1,000万円を東京スポーツが支払って小林を国際プロレスから東京スポーツに移籍させ、1年間の専属契約を小林と結んだ。

昭和49年3月16日から50年3月16日まで小林は「東京スポーツの専属レスラー」として契約し猪木と凄まじい死闘をやってのけた。3月19日に行われた猪木・小林戦は日本プロレス史に残る名勝負として今でも語り草になっており、今日のプロレス隆盛の礎となったのである」

6 6

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年11月>
日 月 火 水 木 金 土
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930