腰痛の悪化で試合に出場することが困難になったストロング小林。治療は予想以上に長期化し、すぐのカムバックは難しくなったことから芸能活動と並行して治療をしていくことになりました。
芸能活動のデビューは82年12月18日に公開された角川映画、東映配給「伊賀忍法帖」で伊賀忍法帖は前81年に千葉真一、沢田研二主演の「魔界転生」に次ぐ山田風太郎原作の忍者映画第2弾。
主演は真田広之、ヒロインには「角川映画大型新人女優コンテスト」応募総数57,480人の中から、九州地区代表たでグランプリに輝いた渡辺典子(当時16歳)が抜擢され、女優デビューながら本作品たで一人三役に挑んでいます。
渡辺は本作品により、薬師丸ひろ子、原田知世と並び「角川三人娘」としてスターの座を獲得していくことなります。
S小林の役は「金剛坊」という怪僧の役でクランクインを前に髪の毛を剃ってスキンヘッドになり、この作品以降、芸名を「ストロング金剛」としています。(本作品はストロング小林名義で出演)
脚本は「太陽にほえろ!」で知られる小川英、監督は斎藤光正。
あらすじ(抜粋)
戦国の世、下剋上の機運に乗じようとする松永弾正(中尾彬)は主家、三好氏(松橋登)の美姫右京太夫(渡辺)を我がものにせんと、五人の妖術僧に命じ媚薬を作らせようとし、美女狩りを命じた。
この陰謀を企んだのは、妖術僧の後ろ楯で正体不明の果心居士(成田三樹夫)だ。妖術僧たちの美女狩りの標的は、伊賀の忍者、笛吹城太郎(真田)の恋人、篝火(渡辺)に向けられた。実は、彼女は双子の妹であり、果心秘伝の媚薬とは、惚れさせたい女性の血筋の生娘が犯されたときに流す涙を天下の名器「平蜘蛛の茶釜」で煮つめてつくるからである。
妖術僧により、弾正のもとに連れ去られた篝火は、恥辱よりも死を選び自らの首をはねた。その刹那、弾正は愛妄漁火(美保純)の首をはね、二つの首と同体を付け換えることで両人を蘇生させる。
顔は漁火ながら、篝火の心と肉体を持った女は犯され、その涙から媚薬が作られた。悪夢のような一夜が明けると、篝火の肉体と心は茶釜も持って脱出し、城太郎に会うと、一部始終を話して死んだ。
復讐を誓う城太郎。再び城太郎から茶釜を奪い返した妖術僧たちは、平安祈願のために東大寺に参詣する右京太夫(渡辺)を狙った。右京太夫を掠奪し、三好氏をも殺そうとする弾正と妖術僧たちは、騒乱状態を起こそうと、大仏殿に火を放った。
城太郎は右京太夫を連れて炎の中に飛びこんだ。数日後、首の落ちた大仏の台座の下に隠れ棲む二人の姿があった。右京太夫を看病するうち、城太郎には、篝火の面影が重なり、やがて二人は愛し合うようになった。つかの間の幸福。しかし、隠れ家も見つかり、城太郎と妖術僧の凄絶な戦いが始まった。城太郎は化物じみた妖術僧たちを次々と倒していく。が、最後に果心居士が大きく立ちはだかった。
果心居師は悪魔の化身で、この世の悪業はすべて彼の仕業だった。城太郎、右京太夫、黒衣の騎馬集団こと柳生一族に対して弾正、漁火、生きのこりの妖術僧、そして悪魔の戦いだ。そして、城太郎は悪魔を倒す。右京太夫との愛が激しく燃え上がった。
金剛坊は5人の妖術僧の一人で、妖術僧の頭(かしら)は刹那坊(風祭ゆき)。金剛坊と漁火のファッ○シーンも話題を集めました。
82年の新日本プロレスは1月1日後楽園ホールでの元日興行でスタート、スタン・ハンセンショックを払拭すべく「ストロングスタイル元年」をスローガンに掲げ、猪木はローラン・ボックと5分10ラウンドでシングルマッチを行い、ボックがロープ越しに猪木の首を絞めて離さず、特別立会人のカール・ゴッチと一触即発となり猪木の反則勝ち。ヘビー級に転向した藤波辰巳の「飛龍十番勝負」がスタート。
第1戦はボブ・バックランドのWWFヘビー級王座に挑戦もグラウンドでのシーソー状態から藤波の両肩がマットに着いてレフェリーの山本小鉄がカウント3を入れてしまい、バックランドの勝利。しかしテレビ生中継の放送時間を意識した強引な終わらせ方にファンの不満が溜まりました。
藤波が返上したWWFジュニア・ヘビー級王座はタイガーマスクがダイナマイト・キッドに前年末に負傷した右足首を攻められて苦戦しましたがエビ固めで逆転勝ちし王座獲得。長州力はアニマル浜口とシングルで対戦、ハンセンが去ったことで「リキラリアート」を初公開しています。試合は両者リングアウト。
ゴッチは藤原喜明を相手にエキシビションマッチを行いジャーマン・スープレックスホールドで勝利。
1月28日東京体育館では猪木がアブドーラ・ザ・ブッチャーと一騎討ち、猪木が延髄斬り3連発を見せたところでバッドニュース・アレンが乱入して猪木の反則勝ち。
2月9日大阪府立体育会館で行われた猪木とラッシャー木村の3度目のシングルマッチは場外でアニマル浜口が猪木に手を出し、気を取られた猪木がリングアウト負け。スコアの上では猪木の1勝2敗と負け越しになりました。
創立満10周年記念日当たる3月6日には大田区体育館で記念興行が行われ、猪木&藤波&木戸修組の旗揚げメンバーがトリオを結成、ディック・マードック&トニー・アトラス&デイビー・オハノン組を2-1で破りました。
飛龍十番勝負第2戦は3月12日後楽園ホールで藤波はハルク・ホーガンと対戦、ホーガンの新兵器アックス・ボンバーでフォール負け。
この年の「第5回MSGシリーズ」は1位がアンドレ・ザ・ジャイアント、2位が猪木でしたが、猪木が左膝を負傷し棄権、4月1日蔵前国技館の優勝決定戦では猪木の代わりにリーグ戦3位のキラー・カーンがアンドレと対戦、大「オザワコール」が起きる中善戦むなしくヒッププレスの前にフォール負け、アンドレが初優勝を果たしています。
猪木はシリーズ終了後のドバイ遠征には出場、4月21日蔵前国技館での「難民義援金募集興行」では初来日のジェシー・ベンチュラを胸板へのハイキック、コーナーポスト最上段からのダイビング延髄斬りからの体固めでフォール勝ち。藤波はブッチャーと飛龍十番勝負第3戦で対戦しましたがジャンピング・エルボードロップの前にフォール負けです。
4月23日大宮スケートセンターで開幕の「ビッグ・ファイト・シリーズ」は猪木が右膝半月板損傷の手術で序盤戦で欠場、タイガーマスクも膝を負傷し欠場、保持していたWWFジュニア・ヘビー級王座は返上。
復帰したタイガーマスクは5月25日静岡産業館(ツインメッセ静岡)でレス・ソントンを破り、NWA世界ジュニア・ヘビー級王座を獲得、翌5月26日には大阪府立体育会館で、王座決定戦でグラン浜田を破って王座についていたブラック・タイガー(ローラーボール・マーク・ロコ)を初公開のラウンディング・ボディプレスで破り、WWFジュニア・ヘビー級王座に返り咲き。ジュニア二冠王になっています。
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