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2024年02月12日08:44

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週プロ流智美あの日あの時予想2023年総括(35)

第304戦、8月30日発売号●【予想】大木金太郎、沈黙を破って猪木に挑戦表明(74年新日本プロレス後楽園ホール)【正解】王座名称に世界がつくことの意味と意義、猪木、NWF世界ヘビー級王座から「世界」を削除(76年新日本プロレス事務所)

【参考】2017年8月30日発売号は初代タイガーとキッドがヒノキ舞台MSGを席巻!WWFジュニア・ヘビー級選手権試合、タイガーマスクvsダイナマイト・キッド(82年ニューヨークMSG)

【予想解説】前73年4月、日本プロレスが興行活動を休止すると、大木を始めとした日本プロレスの残党9人(大木、上田馬之助、高千穂明久、ミツ・ヒライ、グレート小鹿、松岡巌鉄、桜田一男、羽田光男、伊藤正男)は、百田家(力道山家)の仲介で馬場の全日本プロレスのリングに上がることになります。

6月30日、行田市民体育館で開幕の「サマー・アクション」(正式には「シリーズ」はつかない)から全日本プロレスに登場、しかし、この一件も最初から上手くいかず。

「対等合併と聞かされていたのに、話が違う」(大木)「潰れた団体と対等合併な訳がないだろう」(馬場)と早くも不協和音が流れ出し、10月9日、蔵前国技館での「沖識名引退記念興行」での馬場の沖に対する扱いの酷さに上田と松岡が激怒(ジャパンプロレスリングユニオンとの揉め事がありましたが割愛)し全日本プロレスを離脱。

大木も73年「ジャイアント・シリーズ第2弾」までは全日本プロレスに参戦していましたが、年末に韓国に帰ってしまい、74年1月からの「新春NWAシリーズ」には参戦せず、フェードアウト。鳴りを潜めていました。

「引退したのか?」、「韓国で別の事業を始めたらしい」と言われていた大木が突如、沈黙を破って8月30日、新日本プロレスの後楽園ホール大会に姿を現しました。

「別冊ゴング」74年10月号にレポートが掲載されていますので一部抜粋して引用してみたいと思います。

大木が後楽園ホールに現れたのは午後8時過ぎ。通路付近に陣取り、メインイベントに登場する為、控室から通路に上がってきた猪木&坂口征二。「大木さん、ご無沙汰してます」日本プロレス崩壊時の因縁を持つ坂口がまず声をかけました。喧嘩別れしたとは言え、後輩である坂口は自分から挨拶。

大木は坂口を無視、猪木を見るや「猪木さん、今まで2度も挑戦状を送ったのに無視するんですか!」と詰め寄りました。観客がざわつき出す。

大木は「猪木さん、自分もインターナショナル・チャンピオン、日本にはチャンピオンが3人もいるというのは…」と続けるも、猪木は「こんなところでは話が出来ないよ…」と手で大木を振り払おうとしました。

それでも「猪木さん」と続ける大木にイラッと来た猪木は「うるせぇっ!」とばかり張り手を大木に見舞いました。大木は危うく尻餅をつくところでしたが、辛うじて堪えました。

山本小鉄が「大木さんっ、出て行きなさい!」と大木を押さえつけて退場させ、猪木&坂口組は何事もなかったかのようにリングに上がり、メインイベントでニコリ・ボルコフ&シーク・オブ・シークス・バクダッド組と9月10日、愛知県体育館で行われる北米タッグ選手権試合の前哨戦を行っています。(1本目は猪木がバクダッドを逆さ押さえ込み、2本目は外国人組のマネージャー、フレッド・ブラッシーが乱入して日本組の反則勝ち)

大木はそれでも諦めず、9月10日の愛知県体育館ではついにリング上に上がってマイクで挑戦表明。シリーズ最終戦の10月10日、蔵前国技館で猪木vs大木のNWF世界ヘビー級王座に挑戦することになります。

【正解解説】
本稿のネタは2018年8月29日発売号で予想して外れ、2021年9月1日発売号の正解として出たものです。正解の内容は引用されている「東京スポーツ」の紙面を含めて2021年9月1日発売号とほぼ同じ。

76年8月29日、昼間から港区南青山の新日本プロレス事務所で猪木が記者会見を行い、「NWA本部からの勧告に遵い、猪木が保持しているNWF世界ヘビー級王座から『世界』の二字を削除、以後のタイトルの名称は『NWFヘビー級選手権』とする」旨を発表しています。

8月6〜8日にネバダ州レークタホーにおいて開催された76年度のNWA総会で馬場側から指摘がありました。新日本プロレスの興行用ポスターを証拠として出し、「猪木はNWAのメンバーになってから1年も経っているのに未だに『世界王者』を名乗り続けている」と糾弾したのは当時馬場派だったマツダでした。

NWAではNWA世界ヘビー級王座(当時の王者はテリー・ファンク)を唯一無二の世界王者としており、それ以外の世界王者を認めておらず、馬場のPWFヘビー級王座、ニューヨークのビンス・マクマホン・シニアが所管しているWWWFヘビー級王座もNWA加盟を機に「世界」を外しており、猪木にも同じことを要求してきたのは自明の理と言えました。

猪木はこれに応じ潔く「世界」の二字を削除した訳ですが、逆に言えばクリーブランドを中心とし、ジョニー・パワーズ、ペドロ・マルチネスがプロモーターだったNWFが組織として既に機能しておらず、看板タイトルが新日本プロレスの所管にあったことが発覚した事案でもありました。

猪木はモハメド・アリ戦までは「プロボクシングとプロレスリングの世界王者同士の対決」という看板が必要だった為、世界王者を名乗っていましたが、アリ戦も終わり、世界の有無に執着する必要がなくなったということでしょう。

この年のNWA総会では、会長がジャック・アドキッセン(フリッツ・フォン・エリック)からフロリダのエディ・グラハムに交代。これはフリッツが現役へのこだわるを見せた結果でした。

新日本プロレスから全日本プロレスにジャンプした大木金太郎が馬場の推薦で「満場一致」で加盟が認められました。大木はリングでは「猪木に負けた半分の時間で馬場に負け」ましたが馬場はプロモーターとして大木を厚遇し、新日本プロレスに上がっていては絶対不可能だったNWAメンバーというブランドを与えています。

ブラジル遠征の為にNWA総会を欠席した猪木にとっては欠席裁判。モハメド・アリ戦に対する評価で、かつて65年に猪木が海外修行をしていたオレゴン州ポートランドのプロモーター、ドン・オーエンは「猪木に黄金のナイフを贈ろう」(これで切腹しろの意)と辛辣なコメントをしています。

法人格ではなく、個人加盟のプロモーターのカルテルであるNWAに関して猪木は興味を失ったか、新日本プロレスでは坂口と新間寿がメンバーになっています。

※対戦成績は304戦53勝251敗、勝率174。
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