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2023年01月09日23:24

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週プロ流智美あの日あの時予想2021年総括(1)

「ストロング小林さん追悼」の連載が始まり、昨年は「週プロ流智美あの日あの時予想総括」を書いておりませんでしたので少し時間を遡りまして、2021年分から振り返りたいと思います。

2020年12月25日発売号(最終水曜日は30日でしたが、年末年始要因で25日金曜日に新年合併号を発売、23日は発売なし)までの対戦成績は166戦33勝133敗、勝率199。

第167戦、1月7日発売号○【予想、正解】柔道王ウィリエム・ルスカ、猪木に挑戦。(76年新日本プロレス 内幸町帝国ホテル)【参考】2016年1月7日発売号は猪木、スタン・ハンセン初対決。(77年新日本プロレス越谷市体育館)

【解説】前75年12月11日、新日本プロレス蔵前国技館での猪木vsビル・ロビンソンのNWF世界ヘビー級選手権試合と、百田家主催、全日本プロレス、国際プロレス、日本プロレス(団体は消滅しており、名前だけ)の3団体協力による「力道山13回忌追善興行」が同日同時刻開催で真っ向からぶつかり合いました。

新日本プロレスは12,000人、力道山13回忌追善興行は14,500人発表とそれぞれ満員となりましたが、日本武道館は当時は蔵前国技館、東京体育館、日大講堂に比べるとワンランク上の試合会場で、それまでにプロレスで使用されたのは実にそれより9年も前の66年12月3日、日本プロレスが初来日の「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリックが馬場のインターナショナル選手権に挑戦した時1度のみで、14,000人満員発表の大観衆を動員しています。

日本プロレスが日本武道館に初進出した背景にはこの66年6月30日〜7月2日にザ・ビートルズが来日公演を行い、会場のステータスが世界規模になったことと、この年に旗揚げした猪木、豊登の東京プロレスに対する牽制、力の差を見せつけるということがあったと考えられます。

猪木vsロビンソン戦で75年の国内興行を締め括った新日本プロレスは次期76年初頭を飾る「新春黄金シリーズ」最終戦として2月6日、日本武道館大会初開催を発表、旗揚げ4年目にして武道館進出が決まりました。

「夢の対決」と言われたロビンソン戦から2か月経っていない状態での日本武道館大会で、果たしてどんなカードを持ってくるのか?シリーズの参加外国人選手のエースは前75年6月26日、蔵前国技館でNWF世界ヘビー級王座を猪木に奪回されたタイガー・ジェット・シンでしたが、猪木とシンのNWF世界ヘビー級選手権試合で日本武道館を埋めるにはやや弱いと言う見方が強かったです。

この日、いつも新日本プロレスが記者会見で使う新宿・京王プラザホテルではなく帝国ホテルで記者会見が行われ、72年ミュンヘン五輪柔道重量級、無差別級2階級制覇の金メダリスト、オランダの赤鬼、ウィリエム・ルスカ(当時35歳)が「プロ格闘家」に転向、猪木に挑戦を表明、これを猪木が応諾、2月6日、日本武道館で「格闘技世界一決定戦」で対戦するというビッグニュースが新年早々飛び込んで来た訳です。

「プロレス対柔道」ジャンルを超えた果たし合い、この試合こそが異種格闘技戦の原点とも言うべき試合でした。記者会見で上半身裸になったルスカは無駄な贅肉のないギリシャ彫刻の様な見事な身体つきをしており、全日本プロレスで「お荷物」になりつつあったアントン・ヘーシンク(当時41歳)より強そうに見えました。

会見の席でルスカが「私はオランダのチーズを食べており、力の源、猪木にもチーズをプレゼントする」と言うと猪木は「私は納豆を食べているからいい」と切り返し、「チーズ・納豆論争」にも発展。納豆の名産地・水戸の納豆協会からは「猪木さん、納豆を食べてルスカをやっつけて下さい」と大量の納豆が贈られました。

※対戦成績は167戦34勝133敗、勝率204。
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