mixiユーザー(id:21258650)

2022年12月20日06:10

533 view

ストロング小林さん追悼(347)

猪木の35歳の誕生日にあたる78年2月20日(現地時間)、ニューヨークMSGのリングにWWWFジュニア・ヘビー級王者、藤波辰巳が再び登場、未来日のテッド・アダムスを相手に防衛戦を行い、16分3秒、ジャーマン・スープレックスホールドでフォール勝ちし2度目の防衛に成功しています。

この日は猪木も日本からニューヨーク入りし、愛弟子、藤波の活躍ぶりを目の当たりにしました。

この日のメインイベントで、2月8日、日本武道館で坂口征二にリングアウト勝ちし、WWWFヘビー級王座を防衛したスーパースター・ビリー・グラハムが、セントラルステーツ地区からやって来たボブ・バックランド(当時28歳)の挑戦を受けました。

バックランドは若さとパワーで王者グラハムを圧倒、ジャーマン・スープレックスホールドは残念ながらロープに近く、逃げられてしまいましたが、14分51秒、ハイアングル・アトミックドロップからの体固めでグラハムにフォール勝ち、ベルトが移動し第8代WWWFヘビー級王者となっています。

本連載(342)で2月2日、札幌中島スポーツセンター大会初日はテレビ収録されたが放送されなかったと書きましたが、札幌大会初日の坂口&ストロング小林組とタイガー・ジェット・シン&上田馬之助組の北米タッグ選手権試合は2月24日に、1月27日(現地時間)ロサンゼルスでの藤波vsマスクド・カナディアンのWWWFジュニア・ヘビー級選手権試合、MSGでのTアダムス戦と一緒に三元中継で放送される予定でしたが、グラハムvsバックランド戦の「王座交代劇」を急遽放送した為、北米タッグは残念ながらお蔵入りとなってしまいました。

過去、日本テレビの「全日本プロレス中継」では77年2月6日、カナダ・トロント・メープルリーフガーデンでテリー・ファンクがハーリー・レイスに敗れ、NWA世界ヘビー級王座が移動した試合を放送した他、馬場、鶴田らの海外遠征での試合中継のグレードでは明らかに映像の鮮明さ、中継クルーの充実ぶりではテレビ朝日(NET)を遙かに凌駕。

NET時代の「ワールドプロレスリング」海外中継はロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアム、ニューヨークMSGからの中継素材を除いては、映像が暗かったり、フィルムによる放送もあり日本テレビに質では敵わなかったです。

そして前年、当時「民放3強1弱1圏外」(3強は日本テレビ、TBS、フジテレビ、1弱がNET、1圏外が東京12チャンネル)のイメージを払拭すべく局名をテレビ朝日に変更、先行3局に追い付け追い越せで、80年のモスクワ五輪の独占放映権を獲得。(西側諸国のボイコットで日本も不参加となり、結果的には失敗に終わる)

「ワールドプロレスリング」の海外中継に大きな進化を遂げるのもこの78年であり、テレ朝が国内の試合放送を劣後させ、新日本プロレスには馴染みがほとんどない外国人選手同士の王座移動劇を優先して放送したのは日本テレビに負けまいとする意地だったと思います。藤波は、新日本プロレスとテレ朝の海外戦略の元に誕生した新しいスターとなりました。

藤波は猪木に伴われ、2月22日に帰国、3月3日、群馬県高崎市体育館で開幕する「ビッグ・ファイト・シリーズ」に凱旋することとなりましたが、羽田空港では猪木も同席しての記者会見が行われています。

さて、前回書いた通り、2月18、21、22日の3戦に亘り、全日本プロレス、国際プロレス、韓国・金一道場による三軍対抗「全軍激突戦」が行われています。

第1戦の2月18日、蔵前国技館(観衆9,000人発表)大会は日本テレビによる生中継、メインイベントは75年の「オープン選手権」12月17日、千葉公園体育館以来の全日本と国際の頂上対決、馬場とラッシャー木村のシングルマッチ時間無制限1本勝負。

馬場がR木村に足4の字固めを掛け、ロープに逃げたR木村でしたが、特別レフェリーの芳の里はブレイクせず上半身がエプロンからリング下に出てしまい宙吊りの状態に。そのままカウントが数えられ11分15秒に馬場のリングアウト勝ち、世にも不思議な世紀の理不尽判定となりました。

セミファイナルは鶴田&ロッキー羽田組が大木金太郎&キム・ドク組と対戦し、大木が原爆頭突きから羽田を体固め。

国際プロレスのマイティ井上&アニマル浜口組に金一道場の呉大均&梁承揮(後の力抜山、ストロング・マシン2号)が挑戦したアジア・タッグ選手権試合は反則含みながら2−0のストレート勝ちで井上&浜口組が4度目のタイトル防衛に成功しています。

第2戦、2月21日、大阪府立体育会館(観衆5,000人発表)は日本テレビの録画中継。メインイベントは鶴田とR木村の4度目のシングルマッチ60分1本勝負。場外乱闘でドクが乱入、鶴田とR木村双方に襲かかりましたが、これに怒ったR木村はドクに反撃しようとしました。これを止めに入ったレフェリーの全震植を突き飛ばしてしまい18分45秒、鶴田の反則勝ち。

R木村は馬場、鶴田相手に不本意な連敗を喫してしまいました。

セミファイナルは馬場&天龍源一郎組と大木&ドク組で大木が天龍を体固めで破りました。

最終戦、2月22日、岐阜市民センター(観衆3,800人満員発表)は東京12チャンネルの録画中継、R木村&グレート草津組が大木&ドク組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦し1−1から両チームリングアウトの引き分け。大木&ドク組が4度目の防衛。

井上&浜口組のアジア・タッグ王座にグレート小鹿&大熊元司組の極道コンビが挑んだ一戦は井上と小鹿が1本ずつ取り合った後に、浜口と大熊の攻防の中でコーナーにいた小鹿が塩を浜口の顔面に投げつけ、倒れたところを大熊がエビ固めで丸め込んでカウント3。反則でしたがレフェリーは見ておらず2−1で小鹿&大熊組が3か月半ぶりに王座奪回に成功、ベルトは全日本プロレスに戻りました。

今回も対抗戦全試合に○勝ち2点、△時間切れ引き分け1点、●▲負け、両者リングアウト0点のPWFルールによる得点が付与されて全日本が19点、国際が15点、金一道場が10点で団体戦は全日本の勝利。国際はエースのR木村が1点も挙げられなかったのが痛かったです。

新日本プロレスとの興行戦争は新日本の2月8日、日本武道館が12,000人、全軍激突戦2月18日、蔵前国技館が9,000人で共に日本人対決がメインでしたが新日本の勝ち、大阪府立体育会館は新日本の1月31日が7,200人、全軍激突戦の2月21日が5,000人でこちらも新日本の勝利に終わり、前77年暮れの「世界オープン・タッグ選手権」での完敗にようやく新日本プロレスが年明けに一矢報いた感じでした。
8 6

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2022年12月>
日 月 火 水 木 金 土
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031