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2022年12月18日23:55

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ストロング小林さん追悼(346)

78年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」最終戦の翌日、2月9日、東京体育館で無料イベント「新春プロレスファンの集い」(テレビ収録、観衆未発表)が行われています。

このイベントは2月15日、午後7時30分からのテレビ朝日「水曜スペシャル」で90分枠で放送されました。入場は往復はがきによる申込制で、当選して2日連続タダで新日本プロレスを観戦出来ました。

アトラクションとしては猪木、坂口征二、ストロング小林、ベニー&ビリーのマクガイヤー・ブラザーズによるピコピコハンマーによるジャンケン、今で言う「たたいてかぶってジャンケンポン」。元コックだった経歴を持つ藤原喜明のチャーハン作り、荒川真(ドン)による勝新太郎の代表作「座頭市」の物真似。

また、新日本プロレスの中でも歌の上手さではピカ一の木村健吾は歌手・タレントの松本ちえことのデュエットコーナーでピンク・レディーに扮し、「ウォンテッド」を歌いました。

当時の人気ラジオ深夜番組「オールナイトニッポン」のパーソナリティーとして若者に人気のあった上方落語の笑福亭鶴光が上半身裸で黒のロングタイツを着用した後の「江頭2:50」と同じスタイルでレポーターを務めています。

試合は2試合組まれ、先ずはバトルロイヤル。参加選手はS小林、長州力、山本小鉄、木戸修、藤原、木村健、魁勝司(北沢幹之)、荒川、栗栖正信(正伸)、バッファロー・アレン、大城大五郎、小林邦昭、佐山サトルの14人。

決勝は16分4秒、小鉄を逆エビ固めでギブアップさせた大城が優勝、テレ朝から金一封を勝利者賞としてもらっていました。後でわかった話ですが、大城はこの日を最後に新日本プロレスを退団、フリーレスラーとしてカナダに渡っており(後にフェードアウト)、新日本プロレスとテレ朝からの餞別だった訳です。

メインイベントは水曜スペシャル杯争奪タッグマッチ60分1本勝負、猪木&坂口征二組の黄金コンビvsジェリー・ブラウン&バディ・ロバーツ組のハリウッド・ブロンドスの対戦で11分33秒、猪木がバックドロップからの体固めでJブラウンを破りました。

シリーズ全体としてはタイガー・ジェット・シン&上田馬之助のヒール人気で大入りの会場が多数出て、苦戦が予想された2月8日の日本武道館大会も猪木vs上田の釘板デスマッチが発表されるや前売チケットの売れ行きがグーンと伸びて12,000人発表は上出来だったと思います。

シリーズ中には海外武者修行中だった藤波辰巳が1月23日(現地時間)ニューヨークMSGでカルロス・ホセ・エストラーダを破りWWWFヘビー級王座を獲得、新しい時代の幕開けを感じました。

全日本プロレスとの興行戦争ですが、全日本プロレスは1月2&3日、後楽園ホール2連戦から「新春ジャイアント・シリーズ」が開幕戦、前77年暮れの「世界オープン・タッグ選手権」に豪華メンバーを集め過ぎた反動か、マーク・ルーイン、キング・イヤウケア、ブル・ラモス、ジョニー・ロッズの4人がフル参戦という地味な顔触れ。外国人レスラーが少ない分、キム・ドクが外国人ヒールサイドとして加わっています。

中盤戦にはNWA世界ヘビー級王者ハーリー・レイスが特別参加、後半戦にはアントン・ヘーシンクが特別参加しています。

1月2日の後楽園ホールでは国際プロレスのマイティ井上&アニマル浜口組に前王者チー厶、グレート小鹿&大熊元司組が挑戦したアジア・タッグ選手権試合が行われ、1−1から60分時間切れ引き分けとなり、井上&浜口組が3度目のタイトル防衛を果たしました。この試合は東京12チャンネルが収録、録画放送しています。

1月11日、鹿児島県立体育館では大木金太郎&ドク組にイヤウケア&ラモス組のザ・タイクーンズが挑戦したインターナショナル・タッグ選手権試合が行われ、1−1から両チームリングアウトで大木&ドク組が2度目の王座防衛。

1月18日、札幌中島スポーツセンターではレイスのNWA世界ヘビー級王座に馬場が挑戦、1−1からコブラツイストを掛けられたレイスがギブアップの確認に来たジョー樋口レフェリーに手を出して反則負け防衛。

1月20日、帯広市総合体育館では鶴田がレイスのNWA世界ヘビー級王座に挑戦し1−1から60分時間切れ引き分けとなりました。

1月22日、函館市民体育館では鹿児島で引き分けにおわった大木&ドク組vsタイクーンズのインターナショナル・タッグ選手権試合の再戦が行われて2−1で大木&ドク組が3度目の防衛。大木はインター・タッグ戦が行われた鹿児島、函館大会のみ出場。

1月23日、北海道岩内町中央小学校体育館からヘーシンクが特別参加、ヘーシンクの位置づけはこれまでの助っ人参戦とは異なり、外国人サイドとして柔道着を着用しての参戦。

新日本プロレスでのウィリエム・ルスカ、アレンの成功ぶりを見て馬場がヘーシンクを格闘家的な使い方をした感じです。ヘーシンクの方が柔道家としての「属性」ではルスカ、アレンの2人は遥かに上回り、世間的認知度ではレベルが違います。

しかし、ヘーシンクはプロレスのセンスは大きく劣りました。シリーズ最終戦の2月5日、後楽園ホールで鶴田のUNヘビー級王座に挑戦、異種格闘技戦的な展開となりましたが噛み合わず、17分5秒、エプロンで鶴田をスリーパー・ホールドに捉えて離さず、樋口レフェリーが5カウントを数えて鶴田の反則勝ち(60分1本勝負)となりました。ヘーシンクはこれがプロレスラーとしてのラストファイトとなっています。

前77年の対抗戦で国際プロレスにアジア・タッグ王座を奪われた全日本プロレス勢は次の2月18日、蔵前国技館、21日、大阪府立体育会館、22日、岐阜市民センターの3会場で行われる全日本プロレス、国際プロレスに大木率いる韓国・金一道場を加えた日韓三軍対抗戦、「全軍激突戦」での同王座に挑戦する代表チー厶を決める代表決定戦がこの日行われ、小鹿&大熊組と天龍源一郎&ロッキー羽田組が対戦、2度延長を行い、時間切れで決着はつきませんでしたが、天龍&羽田組が権利を譲渡し、小鹿&大熊組が代表チームになりました。

新日本プロレスとの興行ニアミスは鹿児島県立体育館が全日本の1月11日が4,500人、9日後の新日本、1月20日が7,000人で新日本の勝利。札幌中島スポーツセンターは全日本の1月18日が5,600人、新日本は2月2&3日の2連戦で初日が4,000人、2日目が4,800人、新日本は観客が割れました。トータルでは新日本が上回りましたが、単日では全日本が勝ったと言えます。

函館市民体育館は全日本の1月22日が4,500人、新日本の2月4日が3,800人で全日本の勝ち、函館大会は両方行かれた方から情報を頂きましたが、実際でも全日本の方が入っていたそうです。ノーテレビながらタイトルマッチを持って来たのと、小鹿の営業地盤だったことも強味でした。

「新春ジャイアント・シリーズ」は東京、大阪での大会場での興行はありませんでしたが、次の「全軍激突戦」でニアミスしており、次回書きたいと思います。

最後に暮れの「世界オープン・タッグ選手権」まで全日本プロレスのリングに上がっていたサムソン・クツワダが「新春ジャイアント・シリーズ」から姿を消しました。鶴田を誘って新団体設立を企てたことで解雇されたことが後日わかっています。
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