77年新日本プロレス「アジア・チャンピオン・シリーズ」も終盤戦に突入しました。
その前に7月23日付(22日発行)の仙台大会の模様を伝える同日の「東京スポーツ」に木戸修の実兄であり、元日本プロレスのプロレスラーだった木戸時夫さんが7月20日に胆嚢炎の為に国立神奈川病院で亡くなったという訃報が掲載されており、その件について触れておきたいと思います。享年30歳。
時夫さんは川崎の中学校を卒業後、62年日本プロレスに入門し同年デビュー。182cmという当時としては長身で将来を期待されましたが翌63年、練習中に受け身を取り損ねて脊髄損傷という重傷を負い、東京の慶應義塾大学病院に入院、一命は取り止めたものの、半身不随となり以来約15年、川崎市の自宅で寝たきりで過ごし、若過ぎる死となりました。
時夫さんの性格は明るく、事故から6年後の69年に、弟の修が日本プロレスでデビューすると自分のことのように喜び、応援。修がたまに実家に戻り愚痴を漏らすと前向きに叱咤激励していたと言います。
寡黙なことで知られる木戸が兄のことを口にすることはほとんどありませんでしたが01年11月2日、横浜文化体育館での引退試合の際、セレモニーで「亡兄が果たせなかった夢を代わりに果たす為にプロレス入りした。」と初めて時夫さんへの思いについて語っています。
第26戦、7月22日、山形県天童市役所隣特設リング(観衆3,000人満員発表)大会。
メインイベントは猪木が星野勘太郎とのタッグでタイガー・ジェット・シン&ガマ・シン組と対戦。1本目は13分53秒、星野がガマを体固め、2本目は4分28秒、TJシンが星野を体固め、決勝の3本目は2分2秒、猪木がガマを体固めで破り、2−1で猪木&星野組が快勝しています。
坂口征二はセミファイナルでタルバー・シンとシングルマッチ45分1本勝負で対戦、7分35秒、片エビ固めでフォール勝ち。
ストロング小林はセミ前に登場、モハン・シンを6分1秒、逆エビ固めでギブアップさせています。マサ齋藤はエル・ゴリアスを9分49秒、体固めで破り、永源遙とブラック・ゴールドマンの一戦は8分37秒、体固めでゴールドマンが勝ちました。
長州力は小沢正志(キラー・カーン)と2度目のシングルマッチを行い、12分、逆エビ固めで勝利を飾っています。
第27戦、7月23日、秋田県羽後広域体育館(観衆2,300人発表)大会。
メインイベントは猪木&長州組がゴリアス&ゴールドマン組と対戦、1本目は13分35秒、長州がゴールドマンを回転エビ固め、2本目は3分29秒、猪木がゴリアスを弓矢固め(ボーアンドアロー・バックブリーカー)でギブアップさせ、猪木&長州組が2−0でスッキリとストレート勝ちを収めています。
セミファイナルは今シリーズ5度目の対戦となるM齋藤とTJシンのシングルマッチ45分1本勝負で8分58秒、コブラクローでTJシンが勝ちました。
坂口はガマ・シンを7分59秒、片エビ固めで破り、S小林はタルバー・シンを7分20秒、体固めで撃破、忌引明けの木戸はモハン・シンに2分56秒、逆エビ固めでギブアップ勝ち。
第28戦、7月24日、宮城県築館町(現在の栗原市)ファミリーホール(観衆2,600人満員発表)大会。
メインイベントはこの10年後に「ナウリーダー軍」としてチームを結成することになる猪木&坂口&M齋藤組がTJシン&ガマ・シン&タルバー・シン組と対戦、1本目は13分12秒、M齋藤がタルバーを回転エビ固め、2本目は3分25秒、猪木がガマを体固めで破り、猪木&坂口&M齋藤組トリオが豪快にストレート勝ち。
年齢的にも猪木34歳、坂口35歳、M齋藤34歳(8月7日の誕生日が来て35歳)とこの時期が一番ピークにあったと思います。
S小林はセミファイナルでゴールドマンとのシングルマッチ45分1本勝負。14分39秒、逆エビ固めでギブアップ勝ちを収めています。
永源と上田馬之助のシングルマッチは5分8秒、永源の反則勝ち、星野vsゴリアスは13分2秒、ゴリアスが体固めで勝利。長州はモハン・シンを3分32秒、体固めで降しました。
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