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2022年06月01日22:46

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ストロング小林さん追悼(146)

75年新日本プロレス「ゴールデン・ファイト・シリーズ」は5月30日、後楽園ホール(テレビ生中継、観衆2,300人満員発表)で開幕。

4週間のシリーズでしたが、前半3週間に「大巨人」アンドレ・ザ・ジャイアントが特別参加、「妖鬼二世」グレッグ・バレンタインが初来日、ザ・プロフェッショナル、マスクド・グラディエーター、初来日のデニス・ミッチェル&ジョン・ミッチェル組のミッチェル・ファミリーズが参加、終盤1週間にNWF世界ヘビー級王者のタイガー・ジェット・シンが特別参加。

アンドレ、プロフェッショナル、グラディエーターは国際プロレス参戦実績があり、ストロング小林とは対戦経験あり。またシンとS小林は先の2〜3月の「ビッグ・ファイト・シリーズ」で対戦しています。

アンドレは前74年11月の「闘魂シリーズ第2弾」後半戦とシリーズ終了後のブラジル遠征シリーズにも参加、半年ぶり3度目の新日本プロレスへの来日。S小林とはモンスター・ロシモフ時代に何度も対戦しています。

初来日のGバレンタインは猪木の宿命のライバル、ジョニー・バレンタインの長男。51年9月ワシントン州シアトル出身の当時24歳、70年にカナダ・カルガリーでデビュー。

デビュー当時はジョニー・ファーゴを名乗り、ドン・ファーゴ、ジャッキー・ファーゴとのファーゴ・ブラザーズの末弟でヒールとなり、またGバレンタインのリングネームで試合をするようになってからは、父ジョニーからの指示で「ジョニー・バレンタインの弟」という設定になっていました。

74年にフロリダに転戦、75年に新日本プロレスの提携先であるロサンゼルスに登場。来日直前の4月25日にはオリンピック・オーデトリアムでジャック・ブリスコのNWA世界ヘビー級王座に挑戦し28分25秒、体固めで敗れています。

以後Gバレンタインはロサンゼルス、WWFだけではなく、ノースカロライナを中心としたジム・クロケットのNWAミッドアトランティック地区でもトップレスラーとなりましたが、全日本プロレスへの来日はなく、90年代に入り、日米レスリング・サミットやSWS、バトラーツなどに来日しますが、猪木時代は新日本プロレス一筋で父ジョニーのライバル、猪木に敬意を表しました。

プロフェッショナルは正体はダグ・ギルバート(後に90年代初めにW★INGに来日するフレディ・クルーガーの中身とは別人)、71年2月日本プロレスに「ダイナミック・ビッグ・シリーズ」に素顔のギルバートで初来日、来日第2戦目の2月20日、大阪府立体育会館では初来日のミル・マスカラスとタッグを組み、猪木&吉村道明組の保持するアジア・タッグ王座に挑戦。仕事の出来るいい中堅レスラーでした。

73年1月の「新春パイオニア・シリーズ」にマスクマンのプロフェッショナルに変身し、国際プロレスに初登場、この時はエース級の扱いで1月20日、福岡九電記念体育館でS小林のIWA世界ヘビー級王座に金網デスマッチで挑戦しKO負けしており、新日本プロレスには初参戦。

6月16日、仙台・宮城県スポーツセンターではアンドレ&プロフェッショナル組が猪木&坂口征二組の保持する北米タッグ王座に挑戦が決定。

「覆面剣闘士」グラディエーターはフランス人。68年11月、国際プロレス「ワールド・チャンピオン・シリーズ」(第1回IWAワールド・シリーズ)にジルベール・ボワニーのリングネームで初来日。小林省三時代、ヨーロッパ武者修行中であり、この時は日本では対戦していませんが、ボワニーが帰国後の69年4月11日、西ドイツのカールスルーエで対戦し小林が勝っているという記録が残っています。

72年1月、国際プロレスの「新春パイオニア・シリーズ」にマスクマン、ローム・マスクとして再来日。この時はカーチス・イヤウケア、ダン・ミラーの次のポジションでシリーズ最終戦の2月1日、大阪府立体育会館でS小林のIWA世界ヘビー級王座に挑戦、2−1で敗れています。新日本プロレスへは初参戦。

上記3選手とは団体を変えて再びリング上で相まみえることになる訳です。

デニス&ジョンのミッチェル・ファミリーズは叔父のデニスと甥っ子のジョンのイギリス人のタッグチームで、叔父のデニスがカール・ゴッチとビリー・ライレー・ジムで一緒だった時期があり、ゴッチのブッキングで初来日となりました。

終盤6月20日、群馬県館林市民体育館〜最終戦6月26日蔵前国技館まで特別参加のNWF世界ヘビー級王者シンは3か月ぶりの来日、猪木に「挑戦者としての資格に欠ける」と挑戦を拒否され激怒、3月13日、広島県立体育館でベルトを返上した猪木と王座決定戦を行いフォール勝ちし王座獲得。3月20日、蔵前国技館でのリターンマッチでは両者リングアウトで逃げ切り、5月19日、モントリオールでは1−1から反則負けで防衛。

最終戦の蔵前で猪木の3度目のリターンマッチを受ける為に来日しますが、「今度防衛したら二度と猪木の挑戦は受けない」と語っており、猪木にはラストチャンスとなります。

全日本プロレスとの興行戦争ですが、全日本プロレスは新日本プロレスより1週間前の5月23日よりボボ・ブラジル&ハンク・ジェームスの「魔神兄弟」、謎のマスクマン、ブラック・デビルらを招聘しての「ブラック・パワー・シリーズ」を開幕させています。

開幕戦の後楽園ホールが全日本プロレスが5月23日、新日本プロレスが5月30日と1週間のニアミス、さらにこの間の5月26日の月曜日には国際プロレスが「ビッグ・チャレンジ・シリーズ」第2戦を同所で開催、新IWA世界ヘビー級王者となったラッシャー木村が初来日のキラー・トーア・カマタの挑戦を受ける同タイトルマッチが開催され、東京12チャンネルが生中継。

これまで新日本プロレス、国際プロレスの後楽園ホール使用頻度が少なかったこともあり、僅か1週間の間に新日本プロレス、全日本プロレス、国際プロレスが後楽園ホールで興行を開催するのはこれが初でした。

国際プロレスはS小林離脱、TBS放送打ち切りで都内の1万人規模での大会場での常時興行開催が厳しくなり、74年「ダイナマイト・シリーズ」6月3日(ビル・ロビンソンvsR木村のIWA世界ヘビー級王座決定戦)以降、毎シリーズ後楽園ホール大会を開催、東京のメイン会場になりました。

また、シリーズを跨ぎますが、新日本プロレスが5月6日、広島県立体育館で「第2回ワールド・リーグ戦」を開催、全日本プロレスは5月27日に同会場での興行を開催。3週間スパンなのでこちらも比較対象にはなります。

都内大会場は全日本プロレスが6月17日、東京体育館、新日本プロレスが6月26日、蔵前国技館。75年上半期最後の興行戦を制するのはどちらの団体か?も注目の的です。

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