82年8月28日は後楽園ホール大会、このシリーズ日本陣営から試合に出場しているテリー・ファンクがメインで鶴田とタッグを結成しスタン・ハンセン、ロン・バス組のラリアット・ライダースと対戦。反則勝ちを収めています。
天龍はルーファス・ジョーンズを回転エビ固めに降しました。
NWA総会から帰国した馬場は9月2日、宇都宮・栃木県体育館(テレビ収録)大会より試合に出場。
帰国第1戦はいきなりタイトルマッチとなり鶴田と組んでハンセン、バス組とインターナショナル・タッグ王座防衛戦。
馬場は搭乗を予定していた飛行機が1日遅延し、成田空港から直接会場入りしましたが好調な動きを見せました。
ハンセン、バス組がダブル・アトミックドロップを鶴田に決めれば、鶴田はハンセンの巨体を鮮やかなダブルアーム・スープレックスで投げ捨ててみせました。
馬場とハンセンが場外乱闘の間、最後は12分25秒、鶴田がバスをジャンピング・ニーパット、バックドロップからの片エビ固めで破り馬場、鶴田組が15度目の王座防衛に成功。
テリーはクラッシャー・ブラックウェルとセミファイナルでシングル戦、ブラックウェルのフライング・ボディプレスを自爆させるとすかさず片エビ固めに押さえ込んでの勝利。
ちなみにこの年のNWA総会は8月29〜31日の3日間、プエルトリコのサンファンのホテル、ザ・ガンダード・ホリデーインにて開催されました。
プエルトリコはカルロス・コロンのテリトリーであり、NWAのメンバーの中でもコロンのポジションが上がったことを意味しました。
会長には原則2年の任期を満了したノースカロライナのジム・クロケット・ジュニアに代わり、カンザスのボブ・ガイゲルが再選されました。
新日本プロレスからは新間寿営業本部長も出席しています。
そこで全日本と新日本の間で、NWA世界ジュニア・ヘビー級王座の正統性をめぐっての泥仕合が展開されています。
これについては9月11日、後楽園ホールで馬場が記者会見を行っていますので、次回、後述します。
9月8日、山形県体育館のテレビ収録では石川隆士、佐藤昭雄組のアジア・タッグ王座にルーファス・ジョーンズ、フランク・デューセック組が挑戦。
この試合、初来日のデューセックがベテラン、ルーファスのリードもあり、本領発揮しています。
石川に雪崩式ブレーンバスター、佐藤に自らの身体もジャンプさせてのバックドロップといい動きを見せました。
しかし、地元山形での防衛戦とあって石川も負ける訳にはいかず、佐藤がデューセックにコーナーポストからのミサイルキックを放ったのを受けて11分49秒、石川がコーナーのルーファスにデューセックを叩きつけておいてからのブレーンバスターでデューセックを体固め。
石川、佐藤組が4度目の王座防衛に成功しています。
メインは馬場、テリー組vsハンセン、ブラックウェル組で馬場がカウンターの16分キックからブラックウェルを体固め。
鶴田はセミ前でバスとシングルで対戦しバックドロップから体固め。
天龍とザ・デストロイヤーの新旧第3の男対決という興味深いシングルマッチが組まれていますがデストロイヤーの巧みなインサイドワークに天龍が空回りさせられ、12分10秒、両者リングアウトの引き分けに終わりました。
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