85年全日本プロレス「ワールド・チャンピオン・カーニバル」第21戦、10月28日福島県会津体育館(後の会津鶴ヶ城体育館、テレビ収録、観衆4,200人超満員発表)大会。
マイティ井上は後に新設された世界ジュニア・ヘビー級王座を巡って抗争を展開する百田光雄組と組んでジャパンプロレスの栗栖正伸&新倉史裕組と対戦、11分32秒、新倉が光雄を逆さ押さえ込みで破りました。
ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンクのザ・ファンクス、ミル・マスカラスは既に帰国しており、シリーズのエース外国人となったアニマル&ホークのザ・ロード・ウォリアーズはメインイベントに出場、鶴田&石川敬士組と対戦しています。試合はホークが石川を抱え上げ、自軍コーナーでセカンドロープに乗って待機していたアニマルに渡し、アニマルは石川に雪崩式オクラホマ・スタンピート。この強烈な合体攻撃に石川は立ち上がれず、7分36秒、5分は超えてしまったものの、アニマルが石川を体固め。ウォリアーズがメインイベントを締めくくりました。
セミファイナルは長州力&キラー・カーン組にこのシリーズ、10月21日の両国国技館で共闘していくことを表明したテリー・ゴディ&ザ・グレート・カブキ組が対戦。
Kカーンがカブキにペンデュラム・バックブリーカー、さらに次の攻撃にいこうとロープに飛んだところ、リング下にいたゴディがKカーンの足を引っ張ってダウンさせ、イス攻撃。9分4秒、ゴディ&カブキ組が反則負けをとられています。
セミ前に組まれたのは、タイガーマスクにチャボ・ゲレロが挑戦したNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級選手権試合60分1本勝負。この試合を見て感じたのは2代目タイガーマスクは骨格がチャボよりも大きくなってきており、体格差で圧倒しているところ。
チャボはタイガーマスクにブレーンバスター、しかしそれを滑り降りたタイガーマスクは背中合わせになると咄嗟の逆さ押さえ込み。12分4秒、カウント3が入りタイガーマスクが初防衛に成功しています。タイガーマスクのヘビー級転向が真実味を帯びて来ました。
馬場&天龍源一郎&大熊元司組はラッシャー木村&阿修羅・原&鶴見五郎組の国際血盟軍と対戦、11分52秒、天龍が鶴見をパワーボムからのエビ固めで豪快に切って落とし、馬場&天龍&大熊組の完勝。
谷津嘉章とアート・クルーズのシングルマッチは7分32秒、グラウンド・コブラツイストからカウント3で谷津のフォール勝ち。決まり手はエビ固めでした。
81年9月、国際プロレス崩壊後、M井上、菅原伸義(アポロ)、冬木弘道と一緒に全日本プロレスへの移籍記者会見に同席しながらも家庭の事情で参戦せず、地元会津でちゃんこ料理店「やぐら太鼓」をオープンさせていた米村天心がゲスト参戦、同じ国際プロレス出身の菅原と組んでグレート小鹿&ロッキー羽田組と対戦。全日本プロレスの会津大会限定で試合に出ることが多い米村でしたがブランクは隠せず。10分56秒、小鹿の首固めにフォール負け。
シリーズ最終戦は10月31日山形県鶴岡市体育館(観衆3,400人超満員発表)大会。
セミファイナルではアジア・タッグ選手権試合が行われ、王者チーム、ジャパンの寺西勇&保永昇男組に全日本プロレスの石川&井上組が挑戦。
地元・鶴岡出身の石川が大張り切り、14分9秒、軽量の保永をコーナーポスト最上段からのダイビング・ローリング・クラッチホールド(回転エビ固め)で破り、石川&M井上組が王座獲得しています。寺西&保永組は2度目の防衛に失敗しました。8月31日両国国技館で小林邦昭がタイガーマスクに破れNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座を失っていますので、ジャパン軍は全て無冠となっています。
メインイベントはジャパンプロレス最強トリオ、長州&Kカーン&谷津組がゴディ&カブキ&クルーズ組と対戦。10分49秒、長州がクルーズをリキラリアットからの体固めで破り、最終戦を白星で飾っています。
セミ前に登場したアニマル&ホークのロード・ウォリアーズは天龍&ハル薗田組と対戦。4分23秒、アニマルが薗田をロープに飛ばしてベアハッグで固定してからホークがフライング・ラリアット一閃。ホークが薗田を体固め。まだこの時点ではダブル・インパクトではありません。
馬場&鶴田&渕正信組とR木村&原に今シリーズ左膝の靭帯負傷で途中欠場していた剛竜馬が10月29日の秋田・湯沢雄勝広域圏民体育館大会より復帰。このシリーズから国際血盟軍入りした原とはこの日が初のタッグを結成。
剛と原と言えば、77年11月に原がラグビー界から鳴り物入りで国際プロレスに入団した時に、剛がスター候補であった原の存在を面白くなく感じ、国際プロレス退団、新日本プロレス参戦への一因となったのはよく知られている話で、新日本プロレスと国際プロレスが提携していた80年3月31日、国際プロレスの後楽園ホール大会で剛が原のWWU世界ジュニア・ヘビー級王座に挑戦。14分55秒、剛が原をアトミック・ドロップの要領で担ぎ上げて場外の東京12チャンネルの実況席に叩きつけるという暴挙に出て反則負けとなっており、剛と原の人間関係は良好とは言えず。
試合は12分7秒、鶴田が剛をバックドロップからの体固めでフォールし全日本軍に軍配が上がりました。
タイガーマスク&ターザン後藤組と小林邦昭&栗栖正伸組は11分8秒、小林がT後藤をフィッシャーマン・スープレックスホールド(網打ち式原爆固め)でフォール。敗れたT後藤は同じくシリーズ終了後に海外武者修行に出る川田利明と同じくシリーズ終了後、ミズーリ、カンザスのNWAセントラルステーツ地区に初の海外修行が決まっています。
チャボ・ゲレロはジャパンの新倉史裕とシングルマッチで対戦し、9分27秒にジャーマン・スープレックスホールドで勝利を収めました。
新日本プロレスでは手薄になった日本陣営を補強すべく坂口征二副社長が海外にいた全日本系の選手、越中詩郎、ミスター・サクラダ(ランボー・サクラダ、ケンドー・ナガサキ)、プリンス・トンガ(キング・ハク)に声をかけていましたが、とサクラダは新日本ヘ移籍、トンガはハワイで馬場夫妻と会談し全日本プロレスに留まりました
全日本プロレス、ジャパンプロレス連合軍は85年10月31日「ワールド・チャンピオン・カーニバル」が終了すると1日の休みもなく翌11月1日、仙台・宮城県スポーツセンター(観衆3,900人発表)から、ジャパンの自主興行シリーズ第3弾となる「ニューウェーブ・イン・ジャパン」開幕戦に突入しています。
全日本のシリーズから残留して参加のテリー・ゴディ、8月の「サマー・ドリーム・フェスティバル」以来の来日となるジャイアント・キマラ(カマラ、ジェームス・ハリス)、キング・コブラの3人の外国人選手が参戦。
全日本勢は馬場、鶴田、天龍、タイガーマスク、石川、井上、大熊、渕、薗田、百田光雄、海外遠征が決まっているターザン後藤が序盤に、新人の小川良成が参戦。国際血盟軍の参加はなし。
注目は8月に新日本プロレスを退団し、フリーのプロダクション、「カルガリー・ハリケーンズ」を起ち上げたスーパー・ストロング・マシン、ヒロ斉藤、高野俊二の3人が新日本退団後、初めて他団体のリングに参戦となりました。
ハリケーンズの3人は、ジャパン主導で参戦の話し合いが持たれ、馬場が動いた案件ではなく、馬場も当初は「(参戦の)話は聞いてない」と大塚直樹に対し拒絶反応をしました。新日本プロレスとテレビ朝日との契約が翌86年3月末迄残っており、それまでは全日本プロレスのリングには登場させない意向を現しています。
井上はタイガーマスクとのタッグで小林邦&仲野組と対戦、11分31秒、タイガーマスクがジャーマン・スープレックスホールドで仲野からフォール勝ち。
開幕戦のメインイベントは長州&谷津組がキマラ&Kコブラ組と対戦、10分56秒、長州がKコブラをリキラリアットから体固めで破り自主興行開幕戦白星スタート。
馬場はこの日は試合が組まれておらず、セミファイナルはKカーン&栗栖組と鶴田&天龍組が対戦。さすがにこの中では栗栖が一枚落ち、9分50秒、天龍がパワーボムからのエビ固めで栗栖から完璧なフォールを奪いました。
ハリケーンズはセミ前に出場、寺西&永源&保永組とマシン&H斉藤&高野俊組というカードが組まれ、10分31秒,マシンが永源をダイビング・ヘッドバットからの体固めで降しハリケーンズが3か月ぶりの試合を白星で飾りました。後にブロンド・アウトローズ、レイジング・スタッフで共闘する保永がマシンのジャパン参戦第1戦の相手となっているのが面白いです。
ゴディは大熊とシングルマッチで対戦、5分25秒、バックドロップホールドで完勝しています。
第2戦は11月2日後楽園ホール(観衆3,200人超満員発表)大会。私はこの興行は観に行きました。
井上はKコブラとシングルマッチで対戦、8分48秒、井上がフライング・ヘッドシザースから相手の足を取って丸め込むエビ固めであざやかなフォール勝ち。同じ技はKコブラが初来日した8月の「サマー・ドリーム・フェスティバル」で自身もフィニッシュとして使っていましたが巧さでは井上が一枚も二枚も上でした。
メインイベントでは早くもジャパンとカルガリー・ハリケーンズの頂上対決、長州&谷津&小林邦組とマシン&H斉藤&高野俊組が実現しています。
両チームとも、スタートから動きっぱなしのハイスパートレスリングの攻防で超満員の観客は湧きっ放し、しかし最後はチームとしてのキャリアに差が出たか、15分24秒に長州がリキラリアットからの片エビ固めで高野俊をフォール。ジャパン軍に凱歌が上がっています。
セミファイナルは鶴田&天龍組とゴディ&キマラ組の対戦。7分49秒、ゴディがリングサイドのイスを持ち出して攻撃を加えた為に外国人組則反則負けが取られました。
ジャパン対全日本、Kカーン&永源組と馬場&石川敬士組の一戦は6分49秒、馬場が永源をカウンターの16文キックからの片エビ固めに決めて馬場&石川組の貫録勝ち。
この試合を最後に海外修行に出発するT後藤は仲野とのシングルマッチを行い、11分29秒に片エビ固めで敗れ、事実上の壮行試合を白星で飾れずに終わりました。次にT後藤が日本のリングに戻って来るのが89年10月6日、FMW旗揚げ戦、名古屋市露橋スポーツセンター大会となりますから、全日本所属としての国内ラストマッチとなった訳です。
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