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2025年02月23日08:30

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週プロ流智美あの日あの時予想2024年総括(48)

第369戦、12月11日発売号●【予想】名勝負は色褪せず、NWF世界ヘビー級選手権試合、猪木vsビル・ロビンソン(75年新日本プロレス蔵前国技館)【正解】猪木のピンから完全パッケージ・ショーに大方向転換、猪木&藤波辰巳組vsスタン・ハンセン&ローラン・ボック組(81年12月8日新日本プロレス蔵前国技館)

※参考 2019年12月11日発売号は●【予想】アブドーラ・ザ・ブッチャー引き抜きヘ梶原一騎動く!梶原、ユセフ・トルコ、全日本の会場に現る。世界最強タッグ決定リーグ戦更新ブッチャー&キラー・トーア・カマタ組vsザ・シーク&グレート・メフィスト組(80年全日本プロレス蔵前国技館)【正解】テリー・ファンクが悲願のNWA世界王座奪取!NWA世界ヘビー級選手権試合、ジャック・ブリスコvsテリー(75年12月10日=現地時間フロリダ州マイアミビーチ・コンベンションセンター)この時点での対戦成績は114戦22勝92敗、勝率193。2013年12月11日発売号は全日本、国際、日本連合軍vs新日本、興行戦争。(75年全日本プロレス、国際プロレス、日本プロレス合同、力道山13回忌追善興行日本武道館〈馬場&ザ・デストロイヤー組vsドリー・ファンク・ジュニア&鶴田、大木金太郎vsブッチャー、NWA世界ジュニア・ヘビー級選手権試合、ヒロ・マツダvsマイティ井上他〉、新日本プロレス蔵前国技館〈NWF世界ヘビー級選手権試合、猪木vsロビンソン〉)

【予想解説】75年12月11日、日本プロレス界始まって以来初と言っていい、互角のパワーバランスを持った団体による本格的な同日同時刻開催の大規模な興行戦争が展開され、歴史に残る1日となりました。

日本プロレス界における興行戦争と言えば、この時より7年11か月前、の68年1月3日、国際プロレスがTBS体制になって初の「オープニング・ワールド・シリーズ」開幕戦の日大講堂大会当日に日本プロレスが日大講堂から隅田川を越えてすぐの場所にある蔵前国技館大会をぶつけてきた、いわゆる「隅田川決戦」が代表的でしたが、

日本プロレスの蔵前国技館大会は開場前から当日券を求めて長蛇の列が出来、観衆は12,000人(超満員)発表。日本テレビが当日午後5時30分より正月特番にてディレイ中継。家庭用ビデオデッキが普及していない時代の話ですので、国際プロレスを観に行こうとする人達の出鼻をくじくことに成功しました。

国際プロレスは午後5時30分試合開始、メインのルー・テーズvsグレート草津のTWWA世界ヘビー級王座戦は午後7時からの生中継に合わせる為に第3試合に組まれました。いわゆる「逆取り」です。実際は日本プロレスは午後1時30分試合開始。

なので実際にはモロ被りではなく、時間差興行戦争でした。他にも日本プロレス時代は国際プロレスとの都内大会場での興行戦争は何度もありますが、実際は日本プロレスと国際プロレスの力の差があり過ぎて全て日本プロレスの圧勝でした。

故に互角の同日同時刻興行のバッティングというのは日本プロレス界初となりました。

全日本プロレス、国際プロレス、日本プロレス(団体は興行活動停止しており、名前だけ)の豪華メンバーによる物量攻勢に対し、新日本プロレス蔵前国技館大会は猪木にビル・ロビンソンが挑戦するNWF世界ヘビー級選手権試合一本で勝負。

観客は掛け値なしの12,000人(超満員)発表を動員しました。

夢の初対決は当初、20世紀最大のレスラー「鉄人」ルー・テーズ両者の師匠にあたる「神様」カール・ゴッチ、が名乗りを上げましたが、最終的にはロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアムの名レフェリー、レッドシューズ・ドゥーガンに決定、テーズとゴッチは「特別立会人」として来日しました。

ゴッチはこの試合の勝者に自ら保持する「実力世界一」のベルトを贈呈するとベルトを持参。ストロングスタイルの役者が勢ぞろいしました。

前半はグラウンドのじっくりとした攻防、ロビンソンのワンハンド・バックブリーカーが早い時間帯から出ましたが決まらず猪木は逆エビ固めに拘り、これを掛けさすまいと堪え、逆エビ狙いで意地になった猪木の一瞬のスキをついて電光石火の逆さ押さえ込み、42分53秒、カウント3が入りました。

1本目が終わった段階で残された時間は17分7秒、焦る猪木は弓矢固め(ボーアンドアロー・バックブリーカー)、バックドロップと大技を出しますがフォールは奪えず、ロビンソンもダブルアーム・スープレックスを2発、ジャーマン・スープレックス、ツームストン・パイルドライバーなどを連発しました。ロビンソンは50分経過あたりから猪木の攻めをノラリクラリとかわし、逃げ切り狙い。

猪木は10月9日、蔵前国技館でのテーズ戦で、テーズをバックドロップで投げているところから、今回も試合前にロビンソンを「スープレックスで投げる」と公言。しかし、55分過ぎに決めたダブルアーム・スープレックスはロビンソンに腰を落として防御され、ただ後方に倒れただけに留まり、ダメージを与えるに至らず。

ロープに飛ばしてのロビンソンのエルボーバットが空を切り、猪木は卍固め、約1分間近く耐えたロビンソンでしたがついにギブアップ、16分19秒、猪木が2本目を返して1−1。この時残り時間48秒。

決勝の3本目のゴングが鳴り、猪木はドロップキックでラッシュをかけましたがあっという間に時間切れ引き分け。猪木が苦戦しながらも2度目の防衛に成功しましたが紛れもなく歴史に残る名勝負であったことは間違いないです。

【正解解説】81年「第2回MSGタッグ・リーグ戦」第18戦、12月8日蔵前国技館大会は観衆11,500人満員発表)の観客を動員しています。

先ず、11,500人発表という観衆ですが、10月8日、11月5日の同所での興行(共に13,000人超満員発表)と比べても遜色ないほど入っていましたし、全日本プロレスの「世界最強タッグ決定リーグ戦」の最終戦の蔵前大会は12月13日でまだ行われてはいませんが、「これは全日本プロレスとの年末興行戦争にやっと新日本プロレスが勝った」と思いました。

年間の観客動員では新日本プロレスが全日本プロレスを常に凌駕していましたが、こと年末の興行戦争に関しては全日本プロレスの物量攻勢の前に新日本プロレスは勝つことが出来ず。76年以来新日本プロレスの負けっぱなしでした。

全日本プロレスは77年12月の「世界オープン・タッグ選手権」が空前のヒット興行となり、その後継企画となった「世界最強タッグ決定リーグ戦」は絶大なブランド力があり、ファンの信用度も高かったです。

81年は引き抜き抗争で日本プロレス界が大きく動き盛り上がりを見せましたが、これまで得をしたのは新日本プロレスの方で、観客動員、テレビ視聴率とも上昇し、勢いは止まらないとといったところで6年ぶりに新日本プロレスが年末興行戦争を制し締め括るかと思っていたのですが…。そう、あの事件が起きるまでは!

蔵前大会はリーグ戦とは関係のない4大スペシャルマッチが組まれました。メインイベントは猪木&藤波組にハンセン&ボック組が対戦したタッグマッチ60分1本勝負。試合前に田中秀和(ケロ)リングアナウンサーからコールされたハンセンはテンガロンハットを観客席に投げ入れました。新日本プロレスのファンへの惜別のメッセージだったか…。

12分39秒、ボックが妥協なき強烈無比のダブルアーム・スープレックスからの体固めで藤波からフォール勝ち。ハンセン&ボック組が力の差を見せつけて快勝しました。

セミファイナルはWWFの黄金カード、アンドレとKカーンのシングルマッチ60分1本勝負。アンドレはKカーンのモンゴリアンチョップに大きく仰け反るシーンも見られましたが、首を押さえてのフロント・ネックチャンスリー・ドロップからヒッププレス、これをKカーンはカウント2で肩を上げてみせました。観客席からは大きなどよめきが。

しかしアンドレは容赦ない、ロープに飛ばして「人間エクゾセミサイル」カウンターの18文キックから再度ヒッププレス、2度も270kgの下敷きになったKカーンは返すことが出来ず、8分16秒、体固めでアンドレのフォール勝ちとなりました。

セミ前はダスティ・ローデス&ディック・マードック組のテキサス・ジ・アウトローズがR木村&戸口組と対戦したタッグマッチ60分1本勝負。

当初、この日はアウトローズとザ・サモアンズ1&2号の対戦と発表されていましたが、来日したサモアンズの覇気のない試合ぶりを見た戸口がR木村と組んでアウトローズと対戦させろと新日本プロレスのフロントに直訴、このカードとなったものです。

Kカーンはアンドレ戦が決まっていた為、団体が崩壊してフリーで新日本プロレスのリングに乗り込み、慣れないヒールファイトを懸命に展開しているR木村をパートナーに指名したものでした。

アウトローズはベビーフェイス、R木村&戸口組はヒールテイストの試合で観客のブーイングを浴びます。R木村は前NWA世界ヘビー級王者のローデスを追い込み、場外の鉄柱でローデスの額を叩き割って流血させ、傷口にパンチの連打、しかしエキサイトし過ぎてローデスを場外フェンス越しに投げてしまい、10分41秒、R木村の反則負けが取られ、アウトローズに軍配が上がっています。

タイガーマスクはヘビー級のカネックとシングルマッチ45分1本勝負で対戦、リーグ戦では不振だったカネックですが、シングルでは活き活きとした試合ぶり、体格はタイガーマスクより一回り大きく、体力で圧倒していきました。

前半戦、カネックは怪力を利したカナディアン・バックブリーカー、さらにセントーンと攻勢に出ます。タイガーマスクがプランチャを放ちましたが、これでタイガーマスクは右足首を捻挫、動きに精彩を欠きました。劣勢になったタイガーマスクでしたが、バックドロップ、ダブルアーム・スープレックスで反撃、カネックはロメロ・スペシャル(吊り天井)を見せタイガーマスクの痛めた右足に付加がかかる技を出していきます。

場外に落ちたカネックにタイガーマスクは痛む足でもう一度プランチャを見舞いましたが、カネックにキャッチされて場外マットに腰を打ちつけられました。レフェリーの場外カウントは20を数え、11分36秒、両者リングアウトの引き分けに終わりました。

タイガーマスクが初めて大苦戦した試合でした。この試合で右足首を捻挫したタイガーマスクは12月9日岐阜市民センター、12月10日大阪府立体育会館の2大会を欠場しています。

流さんのコラムのテーマは「猪木のピンから完全パッケージ・ショーに大方向転換」ということですが実質的には79年4月5日東京体育館での「4大タイトルマッチ」位から猪木のワンマンエース体制ではなく複数ビッグマッチ制を敷いており、この大会が転換点になったということはないでしょう。

※対戦成績は369戦59勝310敗、勝率160。
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