第362戦、10月23日発売号●【予想】大木との大一番を1週間後に控えた馬場が頭部を負傷、馬場&高千穂明久組vsアブドーラ・ザ・ブッチャー&プリンス・ピューリン組(75年全日本プロレス盛岡・岩手県営体育館)【正解】日本プロレスの人気が急降下したターニングポイント、第2回NWAタッグ・リーグ戦公式戦、猪木&坂口征二組vsキラー・コワルスキー&バディ・オースチン(71年10月25日日本プロレス綾部市民センター)
※参考 2019年10月23日発売号は●【予想】平成の「格闘技世界一決定戦」高田延彦vs北尾光司(92年UWFインターナショナル日本武道館)【正解】NWA&AWAの現役世界王者が夢のタッグ結成!リック・フレアー&リック・マーテル組vs長州力&谷津嘉章組(85年全日本プロレス水戸市民体育館)この時点での対戦成績は108戦21勝87敗、勝率194。2013年10月23日発売号は谷津嘉章、新日本プロレス入団会見(80年新日本プロレス新宿・京王プラザホテル)
【予想解説】前年の74年、馬場は猪木から再三に亘り日本選手権を賭けて闘おうと挑発され続け、沈黙を貫きました。12月13日2度目のストロング小林戦に勝利した翌日、猪木は馬場に「テレビ放映権もくれてやる。立ち給え馬場君、私達は共に力道山先生の門下生として切磋琢磨してきた関係、正々堂々闘って日本一を決めようではないか」と内容証明郵便を送りました。
これに対し馬場は「私はNWAのメンバー、NWAのメンバーではない猪木とは闘えない、もし猪木が私と闘いたければNWAのメンバーになることだ」と回答。「逃げる馬場、追う猪木」のイメージがファンの間にも浸透しました。
75年は猪木に言われっ放しだった馬場が反撃に出た年でした。5月まで新日本プロレスに上がっていた大木金太郎を引き抜き、9月21日深夜、大韓プロレスの権五台会長の招きで韓国マット視察の為ソウル入りしていた馬場に大木が挑戦を直訴するというアングルを組み、馬場は大木の挑戦を受諾。
「ジャイアント・シリーズ」最終戦の10月30日蔵前国技館で馬場vs大木のシングルマッチが発表されました。
9月29日には銀座東急ホテルにて記者会見を行い「オープン選手権」の開催を発表、外国人のみならず日本の団体にも広く「門戸を開放」し参加者を募ると宣言。「猪木も出ろということか?」という記者からの質問には「そういうことです。」と回答しています。猪木は「私がやりたいのは馬場戦、向こうの興行に出て儲けさせる気はない。」と「オープン選手権」への不参加を表明。
さらに10月21日には百田家(力道山家)が12月11日日本武道館で「力道山13回忌追善興行」を開催すると発表、馬場の全日本プロレスと全日本プロレスと提携関係にあった国際プロレスは参加。先に同じ12月11日蔵前国技館でビル・ロビンソンとのNWF世界ヘビー級選手権試合を行うと発表した猪木は不参加。
馬場の「外堀を埋める」やり方で猪木は追い込まれていきました。
大木戦が決まった馬場は好調で10月14日松山・愛媛県民館ではオックス・ベーカーを相手にPWFヘビー級王座防衛戦を行い2−0のストレートによる完封勝ち。
大一番を1週間後に控えた10月23日盛岡・岩手県営体育館でのテレビ収録マッチで馬場は高千穂とのタッグでブッチャー&ピューリン組と対戦。このシリーズ10月12日大阪・千里万博記念公園お祭り広場でザ・デストロイヤーを破りPWF認定USヘビー級王座を奪取しこちらも勢いに乗っています。
1本目は9分14秒、ビューリンへ馬場が16文キックを決め、高千穂が体固めでフォールし先制。しかし2本目、馬場が軽量のピューリンにシュミット式バックブリーカー、さらにコーナーポスト最上段からの攻撃を加えようとトップロープへ上がりかけていたところへブッチャーが突進しショルダータックル。
これで場外に吹っ飛ばされた馬場は、本部席の机で後頭部を強打しダウン、さらにブッチャーは馬場に攻撃を続け馬場はダウンしたままリングへ戻れず5分59秒、試合権利のあるビューリンが馬場にリングアウト勝ち。
馬場はセコンドの助けでようやくリングに入ったものの闘える状態ではなく、すぐに高千穂とタッチ。しかしブッチャーが試合そっちのけで馬場に襲い掛かり、凶器シューズによるキック、エルボードロップを連発するなど攻撃をやめず、制止するレフリーにも暴行し僅か1分59秒で日本組の反則勝ち。
試合終了後、ダウンしたままの馬場をセコンドが場外マットに乗せて控室に運びましたがそこへブッチャーが乱入し馬場を襲撃するなど大変な状態になりました。
試合後頭痛と吐き気を訴えた馬場でしたが翌10月24日青森県弘前市民体育館大会には強行出場、セミファイナルでボビー・ジャガーズとシングルマッチ30分1本勝負で対戦しましたが、試合中にブッチャーが乱入しジャガーズに加勢。前日のダメージが残る馬場は9分58秒、体固めでジャガーズにフォール負けを喫し、「この状態で大木とマトモに闘えるのか?」とファンを心配させています。
【正解解説】71年「第2回NWAタッグ・リーグ戦」は11月1日の優勝決定戦が2017年と2023年の2回採り上げられてはいますが、公式戦の1試合にスポットを当てて採り上げていったのはこの時が初になりましたが…。
本稿の京都・綾部市民センターで行われた公式戦、猪木&坂口組の黄金コンビとvsコワルスキー&オースチン組のキラーコンビの一戦は結果的には翌週の優勝決定戦と同一カードになりますが、NET「ワールドプロレスリング」 生中継。
1本目は1分30秒、コワルスキーが坂口を体固め、2本目は6分30秒、猪木がオースチンを首固め、決勝の3本目は4分31秒、両チームリングアウトとなり1−1の引き分けとなっていますが、試合結果から見てまぁ凡戦でしょう。
ただ、本文を読むと当該の試合に関する記載は全くない!流さんの少年時代のエピソードがほとんどで、これはこれで面白くないとは言いませんが本題に関係ないことだけは確かです。
ポイントとしては69年には月曜〜日曜日まで民放5局により週8時間のプロレス中継番組(海外のプロレス、女子プロレスも含む)があり、プロレスブームだった、70年にはそれが減少、71年にはさらに減少して日本プロレス(日本テレビ、NET)が週2回、国際プロレスのTBSが週1回になり、この「第2回NWAタッグ・リーグ戦」あたりから日本プロレスの視聴率(日本テレビ「日本プロレス中継」、NET「ワールドプロレスリング」)が目に見えて下がっていったという点。
馬場と猪木を2年連続分けてのタッグ・リーグ戦が盛り上がる訳もなく、ファンも「どうせ猪木&坂口組の優勝だろう」と予想がついていたということが言えます。
※対戦成績は362戦58勝304敗、勝率160。
ログインしてコメントを確認・投稿する