79年2月23日新日本プロレス千葉公園体育館で星野勘太郎&山本小鉄組のヤマハ・ブラザーズを反則含みながら2−1で破りアニマル浜口との「和製ハイフライヤーズ」、「ナニワ・ブラザーズ」でIWA世界タッグ王座を獲得したマイティ井上。
前78年2月22日岐阜市民センターで全日本プロレスのグレート小鹿&大熊元司組に敗れアジア・タッグ王座を失って以来1年ぶりのタイトルホルダーとなりました。
王者チームとして初めて迎えた79年3月「スーパー・ファイト・シリーズ」では3月4日愛知県豊明市福祉会館で井上&浜口組は元同王者チームであるラッシャー木村&グレート草津組とタッグマッチ60分1本勝負で対戦、17分55秒、両チームリングアウトで引き分けています。
3月6日岐阜市民センターではアファ・アノアイ&シカ・アノアイのザ・サモアンズ1&2号とIWA世界タッグ王座初防衛戦を行い1−1から反則勝ちで初防衛。3月24日茨城県境町民体育館でサモアンズと再戦、1−1からリングアウト勝ちを拾い2度目の防衛。
次の4〜5月の「ビッグ・チャレンジ・シリーズ」には新日本プロレスとの提携路線で上田馬之助、マサ齋藤の狼軍団、前WWWFヘビー級王者スーパスター・ビリー・グラハム(グラハムは後に新日本プロレスを通したブッキングではなかったことが判明)、WWU世界ジュニア・ヘビー級王者のミレ・ツルノ、チャールズ・べレッツ(ジョニー・ロンドス)の外敵が登場し国際プロレスのリングは一気に華やかになりました。
4月20日富山市体育館で井上はIWA世界ヘビー級王座を奪った因縁の相手グラハムとシングルマッチ45分1本勝負で対戦しましたが9分29秒、カナディアン・バックブリーカーの前にギブアップ負け。
4月21日高岡市民体育館では上田&M齋藤組を井上&浜口組が迎え撃ってのIWA世界タッグ王座防衛戦、新日本プロレスで猛威を奮う狼軍団だけあり苦戦、1本目は両チームリングアウトで1−1、決勝の2本目は国際組が反則勝ちを拾い2−1で3度目の王座防衛。
5月6日後楽園ホールで井上&浜口組はジプシー・ジョー&キラー・ブルックス組と1−1の引き分けで4度目の防衛を果たしました。
この日、阿修羅・原がツルノを2−1で降しWWU世界ジュニア・ヘビー級王座を獲得、寺西勇のIWA世界ミッド・ヘビー級王座以来2年4か月ぶりに国際プロレスに軽量級王者が誕生した訳です。
6〜7月の「ビッグ・サマー・シリーズ」前半戦7月10日宮城県涌谷町勤労者福祉センターではザ・モンゴリアンズ1&2号を1−0で破り5度目の王座防衛。モンゴリアンズのマネージャーとして来日したパーシー・プリングル�契い聾紊縫検Ε▲鵐澄璽謄ぅ�ー(マーク・キャラウェイ)のマネージャー、ポール・ベアラーとしてWWEで大出世を遂げることになります。
後半戦には新日本プロレスルートからアンドレ・ザ・ジャイアント、ヘイスタック・カルホーンが特別参加、新日本ルートではないですがダイナマイト・キッドも初来日しています。
国際プロレス時代からの親友アンドレとは7月19日北海道木古内町民会館でシングルマッチ60分1本勝負で対戦、アンドレは新日本プロレスで見せるシビアなヒールモードは影を潜め、実に楽しそうな試合を展開。カナディアン・バックブリーカーに担ぎ上げた時コーナーを蹴った井上にリバース・スープレックスで投げられ、前方回転エビ固めにまるめこまれるなど、猪木との大一番にしか見せない大サービスぶり。井上のフライング・ショルダーアタック、サマーソルト・ドロップもキッチリ受けています。最後は5分4秒、アンドレの2度目のカナディアン・バックブリーカーの前に井上がギブアップしましたが面白くいい試合でした。
アンドレは7月20日大館市民体育館でR木村のIWA世界ヘビー級王座に挑戦、10分25秒、両者リングアウトの引き分け。
7月21日新潟県村上市民会館では井上は浜口と組んでアンドレ&カルホーン組と対戦、ここでは浜口をカナディアン・バックブリーカーに担ぎ上げたアンドレを井上が背後から押して浜口にリバース・スープレックスを許しました。最後は6分18秒、アンドレがロープに飛んだところを、リング下にいた草津が足を掬い、怒ったアンドレが草津を追いかけて場外に降りている間にカルホーンのフライング・ソーセージ(あえてこの技の名前を使う)を自爆させた井上がカルホーンを体固めで破り、井上&浜口組が勝利を収めています。
この試合はノンタイトルの45分1本勝負でしたが、IWA世界タッグのタイトルを賭けて対戦していれば井上&浜口組の防衛記録にハクがついたのに、と思います。
ログインしてコメントを確認・投稿する